お嬢様と魔法少女と執事

小説

第一話『謎のお嬢様』

――――疑問が三つあった。

「魔法少女の和泉嶺歌いずみ れかさん。貴女にご協力願いたく参りましたの」

 まず第一に、いかにも高級そうなリムジンから降りてきた麗しい女の子が何故お金持ちとは無縁の自分に話し掛けているのか。
 そして第二に、何故自分のフルネームを知っているのか。
 第三に――――――何故自分が魔法少女だと知っているのか。
 三つの疑問が同時に生まれていた。

 和泉嶺歌は早朝四時に起き上がると自身の魔法アイテムである透明ステッキを手に取り、いつもの様にそれを振るう。そうするとあっという間に人間であった姿は煌びやかな魔法少女への姿へと変身し、普段はミディアムヘアである菅草色かんぞういろの髪の毛も変身と共にロングヘアに伸び、カラーも茶髪へと変色する。気持ち程度に髪の先に残った菅草色の髪の毛は一種のアクセントとなっていた。大胆に施された赤い大きなリボンはチュール素材の透明なリボンと重なり合い、サイドテールの結び目にしっかりと結び込まれ、もう一つの赤いリボンがサイドテールの周りを囲むように毛先にかけてくるくると巻きつかれる。それに加えフリルたっぷりの衣装に魔法の力で化粧が施された嶺歌の姿は控えめに言っても眩いほどの美しさと可憐さを放ち、それを嶺歌自身も気に入っている。嶺歌は、自分が魔法少女である事に誇りを持っていた。

「さてと、今日の依頼はっと……」
 魔法少女になった瞬間から常に手元にある魔法通信具を起動させると、いつもの如く慣れた手つきで本日の依頼内容を確認する。いくつかの依頼を確認し、優先度の高い内容を選択すると嶺歌は依頼決定を魔法協会へ送信し、通信具を閉じた。これで依頼内容は決定した。嶺歌はそのまま五階の窓から飛び降りると落下する事なく俊敏な動きで住宅街の屋根を駆け抜けていく。
 魔法少女の主な役目は慈善活動だ。困っている人間を助けることが魔法少女に求められている。空想の世界のように悪者と闘うという危険な依頼は今までに一度もない。基本的には平和な世界だ。だが、人間の中で悪事を働く者は少なからず存在しているのも事実である。その際はその人物と対峙し、無力化する事が必須となる。そういった依頼も七対三の割合でくることがあった。
 そして本日は慈善活動の方である。嶺歌は迷子になり困っている小学生の男の子をすぐさま見つけると彼を抱きかかえ、自宅へと送り届けた。男の子の住居の位置は魔法協会からの特殊な提供で知る事ができる。依頼が終了した時点でその人物の個人情報は確認できなくなる仕組みとなっているのだ。
 魔法少女の存在は世間には内密であるため、男の子の記憶はすぐに消去される事になる。とは言っても、それは嶺歌が消去を行う訳ではなかった。魔法協会の自然能力で、魔法少女に無関係の人物は勝手に記憶を取り除かれるという仕組みになっている。そのため嶺歌が直接何もしなくとも、男の子の前から消えた瞬間に彼が魔法少女に助けられたという記憶は自動的に削除され、それ以外の記憶だけが残される様になっている。
 このような流れで魔法少女の存在は世間的には一切認知されていなかった。

「今日のノルマ終わりっと」
 男の子を救出した後も数件の依頼を行い、登校時間が近づくと嶺歌は一旦自宅へと帰宅する。家族に気づかれぬ様にそっと窓から自室へ戻ると魔法を解き、人間の姿へと戻った。今の自分は寝巻きを着た寝癖のある普通の女の子である。魔法を解けば嶺歌は一瞬でただの女子高校生へと戻る。魔法少女も普段は一般の人間として生きているのだ。この事は自身の家族ですら知らない。
 変身を解くと支度を始め嶺歌が通う高校の制服を身につける。そうしていつものように身だしなみを整え、自身のトレードマークとも言える赤リボンにチュール素材のリボンが重なった髪留めをサイドに施した。これは妹とお揃いの髪飾りであり、嶺歌のお気に入りだ。嶺歌は魔法少女として働く自分も好きだが、人間として生きている自分も好きだ。自己肯定感の上がる魔法少女としての使命を果たし、時間になれば一般人に紛れて女子高校生活を難なく送る。嶺歌の人生は文句のない程に毎日が充実していた。自分の生活に何も不満などはなかった。

「れか〜! おはよう! そのリボンやっぱ可愛いね〜!」
「嶺歌ちゃんおは!! 今日もきまってるう〜」
「レカレカ〜! 聞いてよ昨日さあ」
 学校へ行くといつものように友人たちが話し掛けてくれる。嶺歌は一人一人にきちんと返事を返しながら朝の登校を迎えた。今日もいつも通りの日常だ。嶺歌を慕ってくれる友人たちも楽しげに話し掛けてくれるクラスメイトたちも皆、嶺歌は好きだった。
「そう言えばさ、嶺歌は彼氏いつ作るの?」
 朝礼が始まる前に友人の沢江詩荼さわえ しずが尋ねてくる。彼女のこの質問は前にもされた事があった。
「彼氏とかいらないよ。あたしは友達がいるだけで満足してるから」
「え〜〜!! 勿体無い!!!」
 そう言って嶺歌の肩を軽く叩いてくる。詩荼には交際して五ヶ月になる彼氏がおり、恋人の良さを実感しての発言なのは理解していた。だが嶺歌は本当に心から異性との交際に興味がなかった。別に男が嫌いだというわけではない。現に男友達は多く存在し、休日に遊びに出かけたりもしている。二人きりで、という状況だけは意識的に避けてはいるが、それ以外では異性との交流も多い方だ。
 大勢の友達に恵まれ、魔法少女というもう一つの姿で人々の生活を守る。きっとそれだけで満足しているからなのだろう。恋人という特別な存在を作りたいとは思わなかった。

 授業が終わり、嶺歌は帰宅の準備を始める。毎日ではないが、放課後も依頼をこなす日は多い。魔法少女システムとしては動ける時に動くという暗黙のルールがある。私生活を優先するのも時には必要だ。その為必ずこの日に依頼を受けろという絶対的なルールはない。だがあまりにも働かなすぎると魔法協会から連絡が来るのである。嶺歌はまだその事態を体験していないが、きっと魔法協会からの連絡は厄介なものに違いなかった。それは長年、魔法少女を経験してきた嶺歌の確信めいた勘だった。

(今日は何件受けようかな)
 そう考えながら通り過ぎる友人たちに別れの挨拶を返し、校舎を出る。すると突然、名前を呼ばれた。名前を呼ばれる事は日常茶飯事であるが、今のようにフルネームで呼ばれる事はそうそう無い。嶺歌は声の主の方を見上げるとそこには麗しい程の顔立ちをした品の良さそうな女の子が立っていた。彼女は今、間違いなく校門付近に停車している黒いリムジンから降りてきた。

 後光が差しているとでも言いたくなる程のオーラを放つその女の子は、嶺歌より明らかに低い身長でありながらも美しい姿勢と言葉にし難い妙な風格を持ち、決して軽口で話し掛けてはいけないと、そう思わせる何かを持っている。もしかせずとも目の前にいる彼女はお嬢様なのだろう。
 嶺歌は彼女の風格に言葉を発せられず、ごくりと唾を飲み込む。そのまま彼女を見据えていると再びこちらの名前を呼んできた。しかし今度は――――耳を疑う単語と共に。
「魔法少女の和泉嶺歌さん。貴女にご協力願いたく参りましたの」
「…………え」
 思わず声が出た。なぜこの女の子は、嶺歌の本名と、自分が魔法少女である事を知っているのだ。それに明らかにどこかのご令嬢であるこの女の子が平凡な嶺歌に声を掛けている理由も分からない。予想外の事態に嶺歌は混乱する。
 するとそんな嶺歌の様子を察したのか彼女は笑みを零しながら再び口を開く。
「突然のご訪問、申し訳ありませんの。宜しければあちらにご同車なさらない?」
 そう言って彼女が視線を向けたのは先ほど彼女が降車した黒いリムジンだった。リムジンなど、直に目にしたのはこれが人生で初めてである。魔法少女といえど決して裕福な暮らしではない。高級車などとは無縁の人生だ。
 嶺歌は困惑した表情を見せながら「でも……」と断ろうとしたが、女の子は「ではこちらへ」と嶺歌の返事を聞かずに話を進め、こちらの腕を引っ張ってくる。彼女の力は小柄な見た目に反して意外と強かった。振り解けない程ではなかったが意外に感じた嶺歌はその事に気を取られ、そのまま彼女に車の中へと連れて行かれた。いや、これは拉致られたと言っても間違いではないだろう。ほぼ無理やりに車の中へと押し込められ、そのまま嶺歌は行き先の分からぬまま謎のお嬢様に連れ去られてしまった。

兜悟朗とうごろう、ゆっくりお願いしますわね」
「畏まりました。お嬢様」
 兜悟朗と呼ばれた座高の高い執事姿の男性は車のハンドルを握りながらお嬢様と呼ばれた女の子に丁寧な言葉を返す。その様子を見ているとバックミラー越しに執事の男性と目が合った。彼は一瞬の間も無く、直ぐに嶺歌に笑みを向けるとそのまま視線を正面に戻し、運転を始める。その一瞬の出来事に、いやこの状況全てに頭の整理が追い付かない嶺歌は自身に落ち着けと心の中で言い聞かせながら小さく深呼吸をする。すると隣に座るお嬢様の女の子は唐突にこちらの手を両の手で握り、こんな言葉を口に出した。
「先程は名乗りもせず失礼致しましたわ。わたくしの名前は高円寺院形南こうえんじのいん あれなと申します。以後お見知り置きくださいましね」
 丁寧な口調でそう自己紹介してきたお嬢様の形南を見返しながら嶺歌は「あ、どうも。えっとあたしの名前は知ってるんですよね」と分かりきった言葉を口にしてしまう。しかし形南はニコリと嬉しそうに微笑むと「存じておりますわ」とこちらの発言を肯定するだけだった。そんな彼女の反応から品の良さがひしひしと伝わってくる。形南から感じられるオーラは未だに健在しており、緊張で嶺歌は本調子ではなかった。何か粗相をしてしまわないかと不安なのである。このように自分が緊張することは中々に珍しい経験であった。
 自己紹介が終わったところで嶺歌は気になっていた事を尋ねてみる事にした。一番に聞きたい事は他にあったが、その前に何が目的で嶺歌を連れ出したのかという事がこの状況では特に重要だ。協力を願いたいとは言ってたが、一体どんな協力なのかそれを知る必要があった。早速彼女に問い掛けると形南は勿体ぶる様子もなく、直ぐに答えを口に出す。
「はい。ご協力と言いますのはとあるお方に接触するのをお手伝い頂きたいのです」
「接触……? どういった方なんですか?」
 そう口にし、ハッと我に返る。安易に質問ばかりをしては無礼ではなかろうか。嶺歌は途端に青ざめるとその様子を正面から見ていた形南はくすくすと笑い出した。
「構いませんのよ。ご質問は尤もな事。ご協力いただく以上は、どんな事柄でも|私《わたくし》にお尋ね下さいな」
 そして彼女は麗かで上品な笑みを向けるとそのまま言葉を続けた。
「とあるお方というのは私の運命のお方の事ですの」
 運命の方というのはつまり、婚約者という事だろうか。しかし言い方からするとまだ面識がないかのような言い方だ。嶺歌の脳内で次々と疑問が浮かび上がる中、形南は次に予想外な言葉を繰り出してきた。
「そのお方は貴女様と同じ御校に通っておりますの」
「えっ……」
 これには驚いた。だから彼女は見ず知らずの自分を協力者に選んだのだろうか。同じ高校に通い、万能な魔法少女である嶺歌だからこそ自分は選抜されたのかもしれない。疑問点はまだ多くあったが、一つの謎はこれで解けた気がする。嶺歌は妙に納得していると、形南にはまだ話の続きがあるようで「それと」と言葉を付け加え始めた。
「私、貴女とお友達になりたいのですわ」
「……はい?」
「ふふっ言ってしまったわ!! ああどうしよう! ねえ兜悟朗、聞いておりました!? 私ちゃんと言えましたのよ!」
 先程より興奮気味になった形南はそう言って黙々と運転をしていた兜悟朗にそう声を掛ける。すると彼は「はい。聞いておりましたお嬢様。御立派でしたよ」とそんな言葉を返している。自分は一体何のやり取りを見せられているのだろう。嶺歌は再び混乱し始めていた。一拍置き、多少落ち着いた様子に戻った形南はもう一度こちらに目を向けると微笑ましそうな笑みを向けて口を開く。
「魔法少女であり、友好的な貴女様だからこそお友達になりたいのですのよ。是非私のお願い、引き受けていただけるかしら?」
 そう言って距離を縮めてくる彼女に嶺歌は戸惑いながらも悩んだ。魔法少女として、彼女の願いを引き受けるのは何ら支障はない。
 だが、こんな大役が自分に務まるのだろうか。彼女はどう見ても間違いなく良いところのお嬢様で、その存在の大きさは形南の佇まいを見れば誰しもが理解出来るものである。依頼の内容自体に不安はないが、依頼相手に不安がある。ただの魔法少女にすぎない自分が、彼女の望み通りに上手く依頼をこなせるのだろうか。さまざまな思考が働き、嶺歌が葛藤していると形南は「気負わなくても大丈夫ですのよ」と言葉を返す。
「早くあの方とどうにかなりたい訳ではありませんの。長期戦で構わないのです。その間に、貴女とも交流を深められたらと思っていますのよ」
 あっさりとそう言う彼女を嶺歌は思わず凝視した。それで良いのかと、呆気に取られた気持ちになる。どうやら彼女はその運命の人と少しずつ仲を深めていければと考えているようで、急を要するものではない様子だった。しかし、嶺歌に財閥の依頼を受けるという大役をこなせる自信はない。だがそこまで考えて、とある考えに辿り着く。
(今まで助けてきた人間は皆、ごくごく平凡な一般人だった。だけど今回は……)
 そう、財閥の娘だ。それはあまりにも重圧な上に大きな試練であり、嶺歌にとって不安ばかり募る依頼だ。だが――
(これが成功すればあたし、もっと自分を好きになれる)
 純粋にそう思えた。正直なところ、財閥の依頼を受けるのは初めての経験であるため彼女への協力が不安要素でしかないのは事実だ。だがしかしこれらを成し遂げることで自分の評価は確実に上がる。そしてまた一歩、魔法少女として大きな成長を遂げられるのだ。それならば、受けよう。自分の為だ。嶺歌は決心すると彼女から外していた目線を元に戻し、しっかりとした口調で言葉を発した。
「分かりました。その依頼、受けます。よろしくお願いします!」
 そう言って深く頭を下げる。すると「まあ」という言葉の後直ぐに形南は頭を下げる嶺歌に抱きついてきた。
「有り難う御座いますの! 助かりますわ! こちらこそよろしくお願いしますのよ」
 こうして、不思議なお嬢様――形南との関係が始まった。そして彼女の護衛でもある執事の兜悟朗とも、この日から少しずつ……やがて深く関わるようになる。三人の出会いはここから、始まりとなる。

第一話『謎のお嬢様』終

第二話以降はエブリスタでご覧になれます(現在連載中です)

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