わたカラエピソード4

小説

後日談。高校生になった二人が中学時代の友達と一緒に海へ行く話。本編読了後の閲覧がおすすめです。読了目安およそ18分

夏のリベンジ

『ハロー八草ちゃん! ねえ今年さ、波外なみがい達と四人で海行くんだけど八草ちゃんも落米と一緒にどう? 波外の親も来るから大人同伴になってちゃんと花火出来るよ〜久々に会おうよ〜』
 とある日の夏。高校生になって半年後の猛暑。友人の秋瀬成葵なりあからそんなお誘いのレインが送られてきていた。成葵とは卒業後も連絡を取り合っており、成葵と仲の良い蒲野かばの梅とは同じ高校でよくおしゃべりをする仲となっている。彼女への呼称もさん付けから『梅』呼びに変わっていた。
(かがんも一緒に海…………)
 兼丸も同伴でと提案してくれる成葵はよく分かっている。そんな事を思いながら成葵からの誘いに花来はすぐに返事を返す。答えは当然ながらイエスだ。成葵と久しぶりに会いたいという気持ちはもちろんの事、兼丸と海で遊べるという魅力的な話を蹴るわけにはいかない。
 そうして成葵の方からもすぐに返信が届き、花来は兼丸に連絡を入れていた。兼丸は花来の誘いに瞬時に行くと回答をし、彼らとの予定は見事決定したのであった。 

 その日はあっという間にやってきた。今回は、波外の親が同伴する事から車での移動となっていた。波外の家族はよくアウトドアに出掛けることが多いらしく、最大八人乗りの大型車を出してくれている。そこに兼丸と花来の二人も同乗させてもらい、目的地の海まで移動をすると言う流れだ。
「八草ちゃん落米おひさ〜!! 今日は楽しも〜!」
「落米〜! 会いたかったぜ〜! 八草とも順調そうじゃん! 色々聞かせろよ〜」
 二人が車に乗車すると、開口一番成葵と波外にそう声を掛けられ、そのまま会話が弾んでいく。海までは車で約一時間半かかる距離であったが、賑わう車内では短い時間に感じられており、気が付けば海に到着していた。
「うひょおー!! これぞ海!! さいっこうだな〜!」
「おおー! やってまいりましたー!!! これはテンション上がっちゃいますねー!」
「うおおおおおお!!! 俺一番乗りするぞ!!! ひゃっふう〜〜〜!!!」
 波外、兼丸、橋口の順にそう言葉を発した男子組はそう言って海に対する己の本音を曝け出していた。
 そうしてしばし海を眺めてから、それぞれが着替えるために更衣室へ移動していく。女子更衣室へ成葵達と向かおうと動いた花来は、そこで兼丸と目が合った。何度も合わせている視線ではあるが、このように目が通い合う瞬間は純粋に喜ばしい。
「りっこ、また後でなー! 水着姿楽しみでっす!!」
「……うん、また後で……」
「いこ〜八草ちゃん、蒲野」
「ねえ八草ちゃん水着何にした!? ウチちょ〜気になってたんだよね!!!」
 兼丸と手を振り合ってから成葵と梅が先導して更衣室へと向かう。梅は着替えに入るまで、テンションが高いまま花来に話しかけ続けてきていた。
「えっやば〜い!!! 八草ちゃんワンピじゃん!! 超解釈一致!!! キャ〜かわいすぎる〜!!!」
「あんたまじ変態みたいだから自重しろ? 八草ちゃん、蒲野と同じ高校で困ってることあったら言いなね、ちゃんとこいつに言うから」
「……うん、大丈夫。ありがとう成葵……楽しいから、不満ない……」
「そか、ならいいんけど。蒲野って一歩間違えるとストーカーだかんね〜気を付けろよ〜蒲野」
「大丈夫大丈夫! 嫌がってたらセンサーが反応してすぐ止められるから! でもやな時はいつでも言ってね! 八草ちゃん!!」
 これが彼女の通常運転だと言うことは高校生活が始まってから分かりつつあることだった。彼女は本当に花来の容姿を気に入ってくれているようで、こうして花来の身に付けるもの全てに反応を示す事が多いのだ。それを分かっているので悪い気はしなかった。
 成葵はタイサイドビキニを着用し、梅はパレオ付きのビキニを着ていた。どちらも二人の雰囲気によく似合っており、お姉さん感のある彼女らの水着は花来の水着とはまた違った良さを持っていた。しかし花来自身も自分の水着はお気に入りであり、これはそれぞれが個性を出せている証なのだろう。
「おおーっ!!! りっこの水着!! 可愛さが最高級に溢れてますよって! 目の保養ですねー!! 幸せでっす!!!」
 成葵達と更衣室を出て、浜辺に戻ると目が合った兼丸に早速そんな褒め言葉を向けられる。花来は顔を真っ赤に染めながらも愛しい恋人からの賛美を真正面から受け取っていた。幸福感を胸に帯びながら、花来はありがとうと声を返す。
「りっこをお褒めするのは当然ですよって! だってこんなに可愛いんですもん!! ぶっちゃけあまりの可愛さにワクワクが止まりません! という事で早速泳ぎに行こうぜー!!」
「……うん」
 そうして成葵達に声をかけてから花来は兼丸と二人で海の中へと足を動かしていく。海は好きだ。泳ぐ事は花来にとっての娯楽の一つでもあった。だからこそ楽しい。だが楽しい理由は決してそれだけではない。
(かがんが一緒だから……)
 好きな海には大好きでやまない兼丸がいる。だからこそ、花来の喜びは高まり続けているのだ。海に誘ってくれた成葵には感謝の気持ちでいっぱいだ。こんなにも素敵な時間を、過ごす事が出来ているのだから。

「ねえ飲み物買ってきて~」
 海で泳ぐ事約一時間。兼丸と戯れながらも途中参加してきた成葵や波外達とも海で遊び、いつの間にか時間はお昼を迎えていた。そんな時、タオルで水気を拭き取りながら成葵は波外にそんな事を口に出す。
「仕方ねえな〜しかし秋瀬よ、お前はもう少し可愛げのあるお願いの仕方を覚えた方がいいと思うぞ俺は」
「はいはい、お願いします波外」
「じゃあウチも橋口にお願いするわ〜オレンジジュース買ってきて」
 すると、そんな成葵達に触発されたのか今度は梅が橋口にそんなお願いを繰り出し始める。橋口は面倒そうな表情を見せながらもまるで梅には逆らえないかのように二つ返事で答えていた。
「おおっ! これは男子組で買いに行く流れなのでは!? りっこの分は俺が買ってきますよー! 何が飲みたいです?」
 そんな二組のやり取りの後に兼丸はそう言って満面の笑顔を見せながら花来に質問してくる。花来は特別喉が渇いていたわけではなかったが、兼丸にこうしてリクエストを求められた事は純粋に嬉しく、メロンソーダをお願いすることにしていた。
 そのリクエストに兼丸はへらへらとお得意の笑みを向け、敬礼のポーズを見せてから「承知いたしました!」と明るい様子で声を発し、兼丸達はそのまま海の家までドリンクを買いに浜辺を一時的に離脱していた。
 残った女子三人は談笑を続けながら、ビーチパラソルで涼み彼らの帰りを待つ状況だ。
「あれ、あいつらナンパされてない?」
(……え)
 数分してから成葵は彼らの様子を見る為か否か海の家の方角に視線を向けると、唐突にそんな言葉を発してくる。花来はその言葉に驚き、瞬時に海の家の方へと視線を向けていた。ここからは遠くてよく見えないが、確かに兼丸たちの周りには女子が数人いる。特段混雑している様子でない海の家であの距離感はどう見ても会話しているもので間違いないだろう。その光景を見た途端、ドクンと嫌な音が花来の全神経を逆撫でしてきた。
(やだ……)
 そうして兼丸への独占欲が己の感情を支配してくる。兼丸が自分以外の女の子から異性として見られる事に花来は不快な感情しか持つ事が出来ない。波外や橋口もいる事から兼丸一人に対するナンパではないのかもしれないが、それでも見ず知らずの男の子に話しかけようとする積極的な女達が目障りで仕方がなかった。
「ほらよ〜特性波外ドリンク! お一つ五百円だぜ〜」
「馬鹿なこと言って値段盛るのやめな。それ三百三十円って知ってるから。はいお金」
「あんがと波外」
 数分が経過すると、波外がひと足先に花来らの元へ戻り、両手に持ったドリンクを成葵と梅に手渡してくる。成葵は波外にいつも通り言葉を返し、梅は素直に礼を告げていた。花来は内心落ち着かないまま兼丸のいる方角へ視線を向ける。兼丸はまだ橋口と二人でドリンクを購入している。もうそばにさっきのナンパ女はいないが、気持ちは落ち着かなかった。
「聞いてくれよ〜俺さっきナンパされちった。秋瀬よ、海っていいな!」
 そんなことを思っていると、波外は急に先程のことを自ら話し出してくる。その話の詳細が気になっていた花来の耳は彼の言葉に神経を集中させていた。
「はいはい見てた。でもあれあんた目当てじゃないんじゃないの〜?」
 成葵は呆れた様子でまるでお母さんのようにそう言葉を放つと、波外は「いやいや〜連絡先聞かれたし! あとでまた話しかけられるかもしれんじゃん? 楽しみだぜ〜」なんてデレデレとした様子を見せてくる。
「波外デレデレじゃん、良かったね。熱中症になるなよ」
 梅は興味がなさそうにそう心にもなさそうな言葉を放ち、彼に手渡されたオレンジジュースを飲み始めていた。梅はこの手の話には全く興味がないといった様子だ。興奮した時の彼女とはまた対照的な一面である。
「大変お待たせいたしましたー!! りっこ専用ドリンク只今お持ちしましたよー!!」
「……かがん」
 するとようやく兼丸と橋口が花来達のもとに戻り、花来は兼丸に渡されたドリンクを持ちながら彼に視線を向ける。そうして小さく口を開いた。
「ナンパされたの……?」
「およ、見てました? 大丈夫だよりっこ! 俺目当てのお方は誰一人いませんでしたから! 心配ご無用ってね!」
「ほんと……?」
「ほんともほんと! もうお関わりにもなりませんし、安心してくれよなー! もうりっこから離れませんから!」
「うん……」
 そんなやり取りを交わしたことで花来はひどく安心感を覚えていた。さすがは兼丸だ。嘘をつかない彼の言葉に花来は安堵感でいっぱいになり、先程まで感じていた嫌な感覚が薄れていくのを実感する。
 兼丸はきっと花来の為に分析をしてくれている。分析でナンパ女子達が兼丸には好意を向けていないと彼は判断したのだ。だから本当にあの女子らは兼丸を目当てにはしていないのだろう。それなら安心だ。
「落米、波外と橋口のバカが多分あとで逆ナン女子のとこ行くと思うけど、呼ばれても行かないでよ〜? 八草ちゃん泣かすの禁止だから〜」
 すると花来の気持ちを案じた様子の成葵がそう言って兼丸に言葉を向ける。兼丸がそんなことをしない事は花来も分かっているし、きっと成葵自身も彼の性格を分かっている上でこう言っているのだと理解していた。ただ友人である花来を気遣ってこんなことを言ってくれたのである。
「そうだよ落米ー、こ〜んな可愛くて眩しい女の子ほっぽったら許さないから」
 そうして今度は成葵に便乗するかのように梅がそんな言葉を兼丸へ発していた。そんな二人を前に、兼丸はへらへら笑いながらいつも通りの返しをしてくる。
「勿論ですとも! りっこにナンパされるのなら大歓迎でどこまでもお供しちゃいますが、それ以外のお方は丁重にお断りいたしますよってね! 女子の皆さん、りっこの為に目を光らせて下さりありがとうございまっす!!」
 なんて嬉しい言葉を言ってくれる。花来は兼丸には勿論のこと、成葵や梅にも温かい思いが込み上げてきていた。

 気分はすっかり落ち着き、花来は兼丸や成葵達と海を楽しみながらお昼の時間を迎えていた。花来はトイレに行きたくなり、成葵に声をかけてから一人海の家がある場所まで足を動かしていく。
 そしてトイレを済ませ、すぐ浜辺へ戻ろうとトイレを出る。すると出口から少し先に設置された自動販売機の近くで、話し声が聞こえてきた。その声は少し奥の方から聞こえてきており、話している人物達の姿は少しだけ隠れている。会話の内容に反応した花来は声のする方へ足を動かし、そこで見覚えのある女子三人組を目にしていた。そう、先程兼丸達をナンパしていた派手な女子組だ。
「ねえまじカッコよかったよね、また後で話し掛けに行っちゃおうよ」
「私もそれ言おうと思ってた! 誰狙い?」
「やっぱオレンジ髪の人でしょ〜」
「まあそうだよねー超カッコよかったもん。でも長身の黒髪くんもタイプ〜」
 そんな会話が聞こえてくる。内容的にどう考えても兼丸達の話をしている。オレンジ髪といえば橋口の事だろう。長身の黒髪も波外に当てはまる。
 しかし花来はそこで兼丸の名が上がらなかった事にひどく安心感を覚えていた。どうやら彼女らは全員橋口が本命のようで、兼丸の言っていた通り本当に兼丸には目をつけてはいないらしい。それならばこちらが不安に駆られる事もない。
 そう思い、小さく息を吐きながらその場を離脱しようと足を動かす。しかし、そこで聞き捨てならない言葉が花来の鼓膜を刺激してきた。
「あのブサ男は論外だよね〜ただのおまけ的な」
「分かる〜声かけた時もあいつだけはないと思ったわ」
「勘違いされてたら超めんどいよね〜モテちゃってるとか思い込み激しかったら超ダルい」
「誰からも好かれないって。あの顔で彼女とか出来たら奇跡じゃね?」
(…………はあ?)
 心の奥底から激情が込み上げてくる。はらわたが煮えくりかえる思いだ。あまりにも最低な彼女らの発言に、花来の心は黒く染まり始めていた。
(かがんを悪く言うの……ムカつく……)
 無意識に拳を握り、体は僅かに震えている。兼丸をナンパするのは許せないが、彼の事を馬鹿にするのも同じくらい許せない。兼丸の容姿を罵倒する奴らに花来は怒りが心頭していた。
『ちょんちょん』
「!!!?!?」
 しかしそこで、背後から指先で肩を突かれる。誰だろうと無言ですぐに振り返ると、そこにはへらへらした顔の兼丸がこちらを見ていた。
(かがん……)
 兼丸は口元に人差し指を当てながら「しーっですよ?」と囁くように言う。花来はそれに無言で小さく頷くと、彼はニカリと歯を見せ笑いながら今度は耳元に近づいてこんな事を口にしてきた。花来はその言葉に思わず目を見開く。
「見せびらかしちゃいます? 俺らのラブラブさ」
「!!」
 驚きながらも花来はその提案に強く頷いていた。兼丸はきっとここにいる花来の気持ちをもう既に分析しているのだろう。言葉の意味を問わなくとも花来の気が済むと考え、彼がこうして提案してくれているのだと理解していた。
 本来であれば第三者にラブラブな様子を見せつけるなんて行為は、兼丸も花来もしようとは思わない。
 だが花来は今、兼丸を馬鹿にする輩に見せつけてやりたい。彼がいかにかっこ良く最高の彼氏であるのかを。兼丸は論外だと、思い込みが激しかったら面倒だなんて罵倒したその兼丸には、しっかり恋人がいるのだという事を。兼丸のことがとんでもなく大好きな八草花来という彼女がいるのだという事を。ガツンと思い知らせてやりたい。そうする為には見せつけという行為がこの状況で一番適していた。そんな思いで花来は兼丸の突飛な提案に迷わず乗る事にしたのである。
「よし、決まりですな」
 花来の強い頷きを確認した兼丸はもう一度楽しそうにニカリと笑って花来の手を引き始めた。そうして俺にお任せをなんて剽軽な様子で口にし、彼はそのまま花来の手を引きながらおしゃべりをしていた奴らの付近まで足を運ぶ。
 わざとらしく彼女らの近くに来た兼丸はそのまま奴らの位置からも見える場所で花来の方を振り返り「りっこ、大好きですよ」と言葉を囁いてくる。
「!!! …………っ」
 これは奴らに自分達の恋人っぷりを見せつける為の演技だ。そうは分かっていても、嬉しい気持ちになってしまうのは致し方ないところだろう。花来は顔を真っ赤にさせながら視線を白い砂浜に落とし、小さくしかしはっきりと声を漏らす。
「私も……かがんが好き……大好き……」
 見せびらかす為の演技ではあるが、兼丸へのこの想いは言わずもがな本物である。だからこそ第三者に見られる事が前提のこの愛情表現に羞恥心は倍になってもいた。しかしここで止めるわけにはいかない。花来は恥ずかしさから逃げ出したい思いを僅かに抱きながらも兼丸への大胆な言動を続行していた。
「かがん、ハグして……」
「おやおやーりっこ、可愛いですなーさすが俺の彼女ってね! でもりっこ、ここだと誰に見られているか分かりません。見られちゃ恥ずかしいだろ? 二人っきりの時がいいんじゃない?」
 花来は顔が真っ赤に熟れたりんごのようになりながらも小さく首を振り「やだ」と声を絞り出す。こんなに大胆な自分を第三者に見せつける機会はきっともうこの先ないだろう。そんな事を思いながら、花来は恥を忍んで演技の言葉を続けた。
「今、ここでハグして……見られてもいい……かがんは彼氏…でしょ……?」
「うーむ大変可愛らしいなー!! それでは遠慮なく! 俺は紛れもなく君の彼氏ですよー!」
 そんなことを言って兼丸は躊躇いのない抱擁を交わしてくる。そうしてそのまま二人で体をくっつけ合う中、花来は物凄い羞恥心に駆られながらチラリと横目で自動販売機付近に佇む三人組の方を見た。
 想像通り、彼女らはこちらに視線を向けており、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして全員が唖然としていた。そんな様子を見て花来は小さくほくそ笑む。
 きっと、たった今小馬鹿にした兼丸に花来という彼女の存在を目の当たりにして勘違いだった事に気付いている事だろう。
 兼丸にはいいところがたくさんあるのだ。見かけだけで人を判断するなんてあまりにも愚かだと思い知ってほしい。そんな事を思っていると、抱きしめたままの兼丸が小声で「作戦大成功っぽいですね」と話し掛けてくる。
「うん……こっち、見てる……」
 そう言いながら花来はぎゅっと兼丸の体を抱きしめ直す。彼は今、水着であるズボンを身に付けており上半身は完全に裸の状態だ。そんな兼丸と薄着の格好で身を寄せ合い続けるのは実は初めての事だった。まさかこんな形で彼との経験した事のないハグを体験する事になるとは思いもしなかったが、兼丸の逞しい温もりに花来の気持ちは加速しそうになる。
「うむりっこ。俺のためにありがとな? そしてもうしばしお付き合いいただきたく。すぐ終わらせますので」
「え………!!!!!!???!?!?!?」
 すると兼丸は急に花来から巻きつけていた腕を解いたかと思えば、そのままキスを花来の鼻先に落としてきた。一回ならず、三回だ。鼻先からおでこ、頬と花来の顔にキスの嵐が降ってくる。フレンチなキスではあるものの、回数が多かった。そうして再びハグをしてくる。
「えっキスした!? まじ?」
「ええ、やば……ガチじゃんあの二人……彼女いたんだ……あの顔なのに………」
「もしかして顔以外に良さがあるって事……? いや、まあ筋肉はあっていいけどさあ……」
 そんな会話が背後から聞こえてくる。花来は兼丸からのキスとハグに嬉しさで混乱しながらも彼女らの言葉に満足感を得ていた。兼丸への評価は先ほどよりは良くなっている。
 別に兼丸を好きになって欲しいだなんて思ってはいないしむしろそれは御免被る話だ。ただ兼丸の事を何一つ知らない癖に、頭ごなしに恋人なんてできる筈がないと馬鹿にする奴らの思考に心の底から腹が立ったのだ。だからこそ、恥じらう場面だとしても兼丸とのイチャイチャっぷりを奴らに見せつけてやりたかった。
(私の彼氏、馬鹿にしないで……二度と…………)
 そんな毒付きを彼女らに向けて放つ。本当は、兼丸は誰よりも素晴らしい恋人なのだと、声を大にして言いたい思いがあった。だが花来には、その勇気がまだない。それに――――
「なありっこ、わざわざ俺の為に声を上げる必要はありませんからね? りっこの気持ちは分かっておりますし俺にとってそれはもうめちゃくちゃに嬉しい事ですよって。だからもう、あの方らには一泡吹かせたという事で引き上げましょうか」
「……うん…行こう……もう、十分……」
 兼丸は花来があの三人組に啖呵を切る事で、トラブルに発展する事を懸念しているのだろう。それを分かっているからこそ花来は不満を言えない自分に悩んではいなかった。仮に花来がこの場で文句を言えたとしても、それを兼丸は望んではいないのだ。直接的に自分が文句を言えない事に多少の未練はあれど、兼丸も花来もお互いが今のやり方で満足感を得ている。そのまま二人は手を繋ぎ、ゆっくりと成葵達のいる浜辺の方へと戻り始めるのだった。
 背後からは暫くの間三人からの強い視線を感じていた。

 海の方へ戻ってからは終始楽しい時間が続いていた。波外の両親が海の家で購入してくれた焼きそばを皆で食し、そのあとは参加メンバー全員でビーチバレーを楽しんだり、兼丸と一緒に泳ぎに行ったり、成葵や梅と談笑を交わしたりと楽しい夏の思い出が作れていた。
 そうして気が付けば時間はすっかり夜になっていた。この時間になると危険な為もう海で泳ぐ事は出来ないが、夜は夜でまた別のイベントが控えている。そう、花火だ。
「打ち上げ花火は最後にやるって〜はい、これ花火ね」
 成葵がそう言いながら兼丸と花来に花火を手渡してくれる。
「ありがと成葵……」
「ありがとうございまっす! いやー夜の花火なんて去年の修学旅行が懐かしいですなーっ!」
 兼丸の言う通りだ。花来も浜辺で花火と聞いてから去年行われた修学旅行の最後の夜を思い出していた。あの時は、まだ兼丸とファーストキスをしていなかった時期で、兼丸にその気があるのかどうかよく分かっていない時だった。花火をしながら兼丸と見つめ合えるあの時間はあまりにもロマンチックで、花来は兼丸とあの場で口付けが出来たらなんてそんな事を考えていたのだ。
 ファーストキスは河川敷の綺麗な夜景ですることが出来たのでその事自体に未練はないのだが、あの海の音が聞こえる美しいロケーションでの口付けが叶わなかった事は花来の中でわずかな未練として残っていたのである。
「ほんとそれな! 俺も去年が懐かしいぜ〜戻りてえよあの修学旅行に」
「来年も海に行ったら同じ事言いそうあんた」
「あー言いそう。目に浮かぶ」
 波外の発言に成葵が野次を入れ、梅がそれに同意する。そうして橋口に大笑いされた波外は「誰だって思うだろ? おかしい事じゃないだろって、なあ落米?」なんて言って今度は兼丸に賛同を求めてきていた。
 そんな様子に兼丸はへらへらと笑いながら「うむうむ、分かりますよー! 俺もりっこと同じ夏を永遠にループ出来たら嬉しいですもん!」と喜ばしい発言を繰り出し、花来の顔が赤くなるのだ。そうして兼丸と花来のラブラブっぷりに成葵達は興味津々と言った様子で最近の恋人事情を色々と聞いてくるのであった。その時間はあまりに楽しく――素敵なひと時となっていた。

「花火……楽しい……」
 それから花来は兼丸と花火の時間を過ごしていた。成葵達から少し離れた浜辺で兼丸と二人、花火を囲みあっている。成葵達は花来の背後から楽しそうな声を上げながらワイワイと盛り上がっている。対照的にこちらは比較的静かな空間で花火に灯ったカラフルな火を互いに見つめていた。その光景は控えめに言っても去年の花火のように、ロマンチックな雰囲気を演出してくれていた。
「うむ、楽しいなー! 俺も最高に盛り上がってますよって。やはり夏に花火は鉄板ですね」
「うん……来年も、しようね……」
「勿論ですとも!! 毎年しちゃおうぜー!!」
「…………」
 兼丸との何気ない会話で花来の気持ちは高鳴りを続ける。そんな事を思いながら花火を手にしていると、突如火花は暗闇の中に消えてしまった。
「あ……火消えちゃった……」
 夢を見せ終えてしまった一本の花火をそばにあったバケツに入れ、花来は新しい花火を取ろうとしゃがんでいた足を伸ばそうとする。しかし、そこで兼丸に腕を引かれ制されてしまった。彼の身長にそぐわない大きな手は花来の肌を優しく掴み、心臓は一気に跳ね上がる。だが一体どうしたのだろう。
「りっこ、花火取るのはちょい待ってな」
「……なんで?」
 兼丸に掴まれた腕が満更でもなく嬉しい花来は、しかしながら彼の思惑が分からず率直に質問を返す。すると彼はへらりと笑いながら「次一緒に花火付けようぜーなんてね」と言うのだ。
 同じタイミングで花火を付ける遊びをしたいのだろうか。花来は少し不思議に感じながらも彼の茶目っ気のあるその提案に口元を緩め、小さく頷いた。兼丸の花火はまだ光を保っている。それが消えるまでは花来も待つ事にした。
 そして三十秒ほどが経過すると、兼丸の持っていた花火も消える。花来は「…私取るね」と口にして兼丸の分も新しい花火を取りに行こうと再び立ち上がろうとした。だがそこで、まるでデジャブのように兼丸に再び立ち上がるのを防がれ、疑問に思う間もなく兼丸に唇を奪われる。
「…!!!!」
 音がしないその静かなキスは一瞬で終わる。だが不意打ちに放たれた彼からの接吻に花来の顔は先程以上に真っ赤なものに染まり上がっていた。
「一緒にと言うのは建前でして、花火付いてると出来ないだろ?」
「……っ」
 兼丸のその一言で全ての言動を理解する。兼丸は花来との口付けのタイミングを待っていたのだと、彼はそう言っているのだ。花火の光が消えた二人のいる空間では、兼丸と花来のキスも成葵達には見えていないだろう。ゆえに今のキスは、紛れもなく兼丸と花来だけが知っている秘密のキスだ。
「もう一回しちゃいます?」
「……うん」
 迷う事もなくそう頷くと、兼丸はしゃがみ込んだまま、花来の髪を耳にかけ顔を近付ける。そうして二回目のキスを交わしながら花来はゆっくりと目を閉じた。少し離れた背後からは甲高い歓声が響き渡り、ひどく楽しそうな成葵たちの声が聞こえてくる。
 そんな中で、兼丸と花来は短くも甘い、忘れられないキスをするのだった――。

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