後日談。本編読了後の閲覧がおすすめです。読了目安およそ9分
ホワイトデーのお返し
卒業式から数日。八草花来は春休みのある日、恋人である落米兼丸からデートのお誘いを受け、自宅を出ていた。
「りっこー! おはー!! うむうむ、今日も何てお可愛らしい! ジャンバースカートってりっこに超超似合うよなーっ!!!」
「……おはようかがん、ありがとう……」
自宅を出て数秒。家の前で待っていた兼丸に開口一番そんな褒め文句を放たれ、嬉しい気持ちで満たされる花来は顔を真っ赤に染め上げながら彼にお礼を告げる。今日はお気に入りのデニムジャンバースカートを着用し、パステルカラーのカーデガンを羽織ったスタイルだ。デート服をこうして惜しみなく褒めてくれる褒め上手のカラスに朝から愛おしさが芽生える。そうしてそんな彼に手を繋がれ、二人は街中を歩き始めた。
「本日はデートコースを考えさせていただいておりまっす!!! ズバリ言います! 間違いなく最高の一日になっちゃいますよー!」
「ふふ……楽しみ……」
彼のいつもの調子にくすりと口角を緩めながら、花来は兼丸に繋がれた手を握り返す。そしてそのまま兼丸にエスコートされ、彼が自信を持って誘導してくれるデート計画に身を預けていた。
まずは電車に乗り、前に花来が行きたいと口にしていた有名なパンケーキ専門店に入る。人気のあまり予約を取らないと来店できない事で有名だが、兼丸は事前に予約をしていたようだ。
そんなマメな事をしてくれていたのだと、花来は感激しながらボリューム満点のパンケーキを楽しんだ。兼丸もさすがは大食いなだけあり、パンケーキを三食分程胃の中に入れ、お得意のへらりとした表情を見せながら満足そうに食事を楽しんでいた。
その次は二人で映画鑑賞だ。兼丸はどんなジャンルの映画も好きだと言うが、花来は特に好きなのがラブロマンスだった。二人でラブロマンス映画を鑑賞し、物語の世界に浸る時間を過ごす。途中、彼に手を繋がれ映画に集中できなくなっていたが、世のカップルはこのようにして映画を楽しむものなのかもしれない。そんな事を思いながら花来は兼丸からのスキンシップに胸を弾ませていた。きっと兼丸も花来が満更ではないことをお見通しで、それも花来の胸を弾ませる要因の一つとなっていた。
「次はなーとっておきです! ショッピングデートしちゃいません?」
「ショッピング……退屈じゃない?」
思いがけない提案に花来は少し驚く。兼丸は特別ファッションに興味があるようには見えない。衣服が決してダサい訳ではないが、ファッションが大好きだという印象もなかった。だからこそ彼とのショッピングは正直想像もしていなかった。
「うむ、全然退屈ではありませんよー! 俺のじゃなくてりっこのショッピングですし! りっこのファッションコーデ、一緒に考えちゃいません? どうどう?」
すると兼丸はそう言って花来のファッションコーデを二人で考えようと提案してくる。初めてのデート内容に意表をつかれる花来だが、彼の意見は素直に嬉しく考えただけでも高揚感が生まれていた。
花来は小さく頷きながらその案に乗り、二人はそのまま広いショッピングセンターへと移動してからコーディネイトを選出し始めるのであった。
(楽しいな……いつか、かがんにおねだりして買ってもらうのも……夢だな……)
大好きな恋人に洋服を買ってもらう。そんなデートも楽しそうだ。金額の大きさは全く関係ない。兼丸に買ってもらえるのなら百円のアクセサリーだって本気で喜べる。ただ花来は、恋人から形に残る何かを買って欲しいとそう思っていた。もちろんそれは今日望んでいるのではなく、いつかの話だ。
「このお洋服はいかがでしょ? りっこの好みなんじゃない? ついでにめちゃめちゃ俺好みでもありまっす!!」
兼丸とのショッピングデートは数時間にわたって続いていた。そしてそう言って満面の笑みでこちらに見せてくる兼丸の選んだ洋服は確かに花来好みのものばかりだった。花来は彼の意見を肯定しながら、次に洋服を買う時は彼好みな服をもっと集めようと小さな決意をする。
そう、今日はお金も最低限の食事代だけで、洋服を買う程の金額は持ち合わせていなかった。当然ながら兼丸に買って欲しいとねだるつもりもない。洋服が欲しい気持ちはあるが、現実的に考えてそれは無理な話だ。ゆえにこれはウインドウショッピングなのである。そうであるはずなのだが…………
「ではではあらかた目星もつけましたし! 買いに戻りましょー!! いやー考えるだけでも最高なのに、この後全身コーデ姿のりっこが見られるだなんて更に盛り上がっちゃいますねー!!」
「……?」
このカラスは一体何を言っているのだろう。この後全身コーデの花来? 買いに戻る? 目星をつけた? 彼のセリフにはウインドウショッピングだとは思えないような単語が混ざり込んでいる。
「ねえかがん……私…」
「うむうむ、ダイジョーブ! 分かってますよーりっこ。俺もあえて言わなかったので! 何と言ってもサプライズですからね! イエイ!」
「???」
もう一度言おう。このカラスは何を言っているのだ? 花来はあまりにも理解が及ばず、眉根を寄せながら彼を凝視していた。すると兼丸はへらへらとした笑みを見せながらようやく説明をし始める。
「つまりな? これから買いに行くお洋服一式は俺からのサプライズプレゼントでっす! りっこのお金はご不要! 一円もいらないですよって! 俺からのプレゼントなので遠慮なく受け取って欲しいなー!」
「…ええっ!?」
想定外の展開に花来は驚く。兼丸は基本何でも出来る男の子だが、そうは言ってもお金持ちという訳ではないだろう。豪邸に住んでいる訳ではなく、彼の研究がよく入賞するとは聞いているがその賞金もそう大金ではない。バイトだってしている訳ではない。中学校での電子生徒手帳の報酬だってお金は一切貰っていないと聞いている。
そんな彼に花来の洋服を買う程のお金があるのだろうか。しかし兼丸はそんな花来の懸念すらも分析済みなのか、焦る様子も見せずに言葉を続けてくる。
「りっこのご心配には及びませんよって! 俺は収入も特にありませんが、浪費癖のなさには自信がありますよー!!! てことで先程目星をつけたコーディネイトのお値段ほどなら無問題!」
そう言って兼丸は両手でお金の仕草を見せてくる。彼の言う目星をつけた一式には見当がついている。彼が分かりやすくも「これとてもいいのでは!?」と口にしていた衣服があったので、それの事なのだろう。しかしその金額はそう安いものではない。少なくともまだ高校生になる前である自分たちが気軽に買えるような値段のものではない。頭から足の先まで一式揃えるとなると、花来のお小遣いが一年分くらいでようやく買える値段だ。
だが歯茎を見せて笑う兼丸は、決して強がっているようには見えなかった。まあ兼丸の強がっている姿など見たこともなければ想像することもできないのだが。そんなことを思いながら花来が戸惑っていると、彼はとんでもない台詞を口にする。
「これは俺の分析なのですが、りっこは俺に買ってもらうのは申し訳ないって気持ちと、買ってもらうのは嬉しいって気持ちの両方持ち合わせておりますよね?」
「……!!!」
彼の言う通りだ。もはや兼丸の分析力は本当に全てを見透かしている超能力者のように思えてならない。
「それで、りっこは嬉しいって気持ちの方が僅かに大きい。四割六割ってとこですかね! つまりりっこは俺に買ってもらう気持ちの方が嬉しさが大きいからそちらの方が幸せってことになります! どう? 俺の分析合ってます?」
分かっているくせに聞いてくるのだからずるいカラスだ。彼の分析で既に分かりきっているのにここで否定するのはあまりにも不毛すぎる。花来は悔しい気持ちを僅かに芽生えさせながら、合わせて己が卑しい女だという自覚を持ち、顔を真っ赤にさせて彼を見返した。そしてあまりの図星のつかれっぷりに抵抗するように花来はこんな言葉を口にしていた。
「そんなんだと……利用する彼女になっちゃうよ……?」
しかしそんな花来の言葉にも兼丸はお得意のへらへらとした笑い顔で、こう答えるのだ。
「りっこからいいように利用されるのは大歓迎ですよー! むしろそうこなくちゃってね! 俺の愛の重さはもう知ってるだろ? りっこから利用される事自体が俺にとっては幸せな事ですので! この考えは恋人になっても夫婦になってもずっと変わりませんよって。利用する彼女大歓迎! なのでご心配は無用なのでっす!」
「…………」
兼丸を利用したいとは思わない。それを兼丸も分かっているはずだ。だが敢えてそれを否定せずこう口にしているのは、何をされても花来への愛が冷める事はないのだと、そう伝えてくれているのだろう。分析力に長けた兼丸が、気遣ってくれているのを理解した花来はもう彼の全てに勝てなくなってしまっている。
「惚れたらもう全てが負けなのです! 俺はりっこに出逢った瞬間から君に惚れ負けているのです。ですのでりっこから何をされたって俺は君の事が大好きですよーイエイ!」
すると兼丸はそんな事を言って心底楽しそうに花来の頭を撫でてくる。花来は無言になり、真っ赤な顔で彼を見返しながら、兼丸の次の言葉を耳に入れていた。
「というかですよ? ぶっちゃけりっこも俺にこうやって説明される事を望んでるだろ? そういうところも俺は大好きなのです。周りくどいなんてりっこの可愛い長所じゃんなー! という事で買いに行こうぜー!!」
彼の言う言葉全てが本当にその通りだった。図星も図星、否定できようところなど一つもない。しかしそんな花来の欠点までをも愛してくれる目の前の恋人は、花来の手を引きながら楽しそうに足を動かし始める。そうしてそのまま彼の計画通りに、花来は兼丸から全身コーデをプレゼントされるのだった。
「……すごく嬉しい……高いのに、ありがとう」
ショッピングを終えた二人はそのまま地元に移動し、花来の家に兼丸を上げていた。自室で彼と二人、休息を取る。兼丸はせっかくなので今日買った服を着てみて欲しいとリクエストしてくれており、花来は彼の望むままに本日手に入れた可愛いワンピースを着用していた。そんな花来の下ろし立ての洋服を眺めながら兼丸は顎に手を当て何度も頭を頷かせる。
「うむうむ、本当に可愛らしいですなー実はな、今回のプレゼントはただの贈り物ではないんですよ」
そうして、先程はされなかった話を彼は口に出し始める。
「……そうなの?」
「そうそう! 今日がホワイトデーなのはご存知で? バレンタインデーに素敵なチョコレートをいただきましたのでそのお返しなのでっす!」
(そっか……あの時の……)
そこまで話を聞いて、花来は一月前の出来事を思い出す。彼の為だけに作った特別なチョコレート。正直ホワイトデーの存在は忘れていた。今日がそうであることは知っていたが、ホワイトデーというイベントに無縁だった花来にとってその行事はただあるだけの自分には無関係なものとしか思っていなかった。身近な人にもホワイトデーに縁のある者は一人もいなかった為、兼丸からのお返しは本当に予想外であったのである。
「あの日は、りっこがせっかく頑張って作ってくれた最高のプレゼントだったのにさ、りっこを泣かせちゃっただろ? だからその時の事を忘れられるような最高のお返しがしたかったんだよなー」
(かがん、気にしてくれてたんだ……)
彼の本音を聞いて花来は胸がじんわりと熱くなる。そして同時に目の前の恋人に無性に甘えたくなった。しかしその感情は意図的に制御し、花来は兼丸に近付くとそのまま声を発する。
「かがん……お礼、したいから……カラスになって……」
「およよ? 了解でっす!!! では参りまーす!!」
兼丸は迷う事なく笑顔でカラスに変身を遂げると、煙の中から小さなオッドアイのカラスが現れる。そんなカラス兼丸を花来は大事に抱き上げ、その固いくちばしに口付けを落とした。兼丸にたくさんキスをしたいが、理性の問題でそれはダメだと断られてしまうかもしれない。だがカラスの姿であれば何度してもいいのではないかとそう思ったからだ。だからこのままもう一度キスをしようとした。しかし――――
『ボフンッ』
「!!?」
何も言っていないのに兼丸は唐突に人間の姿へ変化した。そうして驚いている花来の唇にはいつの間にか兼丸の唇が重なり、顔は真っ赤に染まり上がる。
「カラスの俺にしてくれるのはそれはもう大変嬉しいのですが、でもさ、そっちにされたらこっちでもしたくなるじゃん? だから観念してな」
そう言って兼丸からの口付けは二回目に突入する。その後の二人の時間がそれはもう大変甘いホワイトデーになった事は、もはや言うまでもないだろう。
ちなみに花来の誕生日はこの日の五日後であるのだが、その日もこの時とはまた別に兼丸からの盛大で甘いプレゼントが用意されているらしい。