わたカラエピソード2

小説

後日談。本編には出なかった兼丸の友達が出てきます。読了目安およそ6分

友達と対面

 高校に入ってから数週間。花来はとある休みの日に兼丸といつもとは違ったある約束を交わしていた。兼丸の友達に花来を紹介したいとそう言われたのである。正直嬉しい気持ちは加速し、緊張よりも高揚感の方が勝っていた。
 兼丸が紹介したいと思う程の友達がいる事には驚いたものだが、その友達は花来と知り合う随分前からの友達なのだと言う。なら何故もっと早く教えてくれなかったのか、そう不満を抱かない花来ではなかったのだが納得のいく回答を返されてしまい、責める気持ちはすぐに消し飛んでしまっていた。
『あの時は受験生でしたのでその後がいいなーと思ってたんだよなー! あと友達は海外留学に行っておりまして! ちょうど帰ってきたのが最近なんですよーでも話くらいはしておくべきでしたな、ごめんなー』
 受験生だからという理由は兼丸の両親への訪問と同じで納得だ。あの時はとにかく受験に専念する時期だった。そして海外留学というのも本人に会えるわけがないので納得しかない。花来は不満げな顔をして彼に抗議したことを謝罪し、兼丸が謝る必要はないと口にすると兼丸はいつも通りへらへらとした笑みを見せながら花来の頭を撫でてきたのだ。
『謝ることないですよー! りっこの不満が消えたのなら何よりですので! 今日も不満ちゃんと言えて偉いですな! 俺はそれが嬉しいでっす!』  
『……うん。ありがとう……』
 そんなやり取りをした。二人の関係は今も最高に順調だ。

「ではではご紹介致します! まずこちらのお方は俺のお友達永原ながはら学歩がくぶクンでっす! そして俺の彼女の八草花来さんでっす!!!」
 待ち合わせ場所で兼丸の友人と合流すると、早速兼丸の方から紹介をされ、自分の事も紹介してもらう。花来はお辞儀をしながら正面に立つ眼鏡の男性に声を発した。
「八草花来です……宜しくお願いします…」
「話は聞いてます。ども。俺は落米のダチの永原学歩です。どうぞ宜しく」
 兼丸の友人である彼は一つ年上なのだそうだ。今は高校二年生と言うことになる。彼は花来達と同じ三四中学校出身であり、兼丸が中学一年の時からよく話していた相手のようで、二人は度々屋上で談笑をする仲だったのだとか。花来は小さく会釈をしながら彼に挨拶を返す。すると間にいた兼丸がニカリと笑みを浮かべ「うむうむ! 無事にご紹介できて嬉しいですねー!!」なんて彼らしい言葉を口にしてきた。
「びっくりしたぞ、お前が彼女作るなんて。タチの悪い冗談かと本気で考えたくらいだ」
「いやいやー! 本気も本気、大本気ですよって! りっこが俺の特別な女の子なのでっす!」
「…………」
 兼丸の恥ずかしげのないその言葉に花来は赤面をしながら彼らのやり取りを見守る。一方で永原は「夢でも見てるみてえだな」と言葉を溢しながら顎に手を当て兼丸を見返していた。
 好きな人ができても自分は認知されずにただ遠くから見守っていきたいという特殊な思考を持つ兼丸に、永原はずっと共感できずにいたのだという。そしてそれを可笑しい事だと、理解できないと常に口酸っぱく兼丸に助言をしてきたようだ。しかしそれを兼丸はいつも笑いながら自分の幸せがこれなのだと一向に言葉を曲げてこなかった。それを改めて彼の友人である永原に聞かされて、花来は兼丸のこれまでの恋愛に考えを巡らせる。
(かがんが関わりたいって思ったのが……私なんだ……)
 それを実感すると嬉しい思いが込み上げてくる。そして兼丸からのこれまでの愛情表現の数々を思い出しながら感じる。自分だけが彼の特別なのだと、自分だけが兼丸からの特別を受け取れる唯一の人間なのだと、この事実を自分は胸を張って言うことができるのだと。
(私も、かがんだけが特別……)
 そう改めて実感し、隣に立つ愛おしい恋人に視線を送る。兼丸もこちらに気が付き、笑顔を見せてくる。こうしてすぐに花来の望み通りに行動を起こしてくれる彼の姿勢に愛情を感じずにはいられない。花来は気恥ずかしく逸らした視線をもう一度兼丸に送り直すと「すまん、俺を忘れないでくれな」と第三者の介入が入った。
「すみません……」
 花来が顔を真っ赤に染めてそう謝罪の言葉を繰り出すと、しかし横にいた兼丸はとんでもない言葉を投げ始めていた。
「忘れてはおりませんよー! ただ俺としては可愛い彼女と見つめ合える瞬間はいっときたりとも逃したくはないので、今後もりっこを優先させていただきますよって! ごめんね! 先輩!」
「………」
 嬉しいという言葉一つでは到底表現できないような思いが花来の心中に溢れ出す。兼丸の友人には本当に申し訳ないが、それでも花来は兼丸の今の一言にときめきを感じずにはいられなかった。
 永原は「おーおー、こりゃすげえもんを見れたわ」と呆れ半分でそう口にし、メガネの縁をくいっと上げると再び言葉を発する。
「せっかくだからさ、今度俺の彼女と四人で遊ぶのはどうだ? ダブルデートってやつ」
 そう言って彼は思いがけない提案を繰り出してきた。しかし――ものの数秒でその提案は却下をされる。そう、他でもない兼丸によって。
「お断り致しまっす!」
「はあ? なんでだよ」
「ダブルで行く理由が俺にはないので! せっかくデートするならりっこと二人で行きたいじゃない? ズバリ行きたくないと言うのが本音でっす!」
「…………」
 兼丸は全く躊躇う様子もなくそうはっきりと断り文句を口にする。流石の花来もこれには驚いていた。正直、永原の提案に全く魅力を感じなかった事は確かだが、それでもこんなにも言葉を濁さずはっきりお誘いを断る兼丸を目にするとは思いもしなかったのだ。仲の良い友達だと言っていたが、本当に遠慮のない関係なのだろう。
 永原の友好的な姿勢には感謝しているが、兼丸が断ってくれた事は花来自身もありがたい話であった。永原に罪は全くないが、彼の恋人が兼丸と仲良く話をするという場面を見ることが花来は嫌だったのだ。自分の独占欲の強さに思うところはあれど、これが花来の本音だ。兼丸には極力女の子との接触をしないでほしいと願わずにいられない。由咲ならいいのだが、自分が信頼していないぽっと出の相手に兼丸と交流をしてほしくはなかった。
 きっとこれを、兼丸は分かっていて、それを踏まえた上でこうして断ってくれているのだと思う。勿論、彼自身がこのお誘いに魅力を感じていないという理由も本当なのだろうが、常に花来の事を分析し配慮してくれる兼丸の事だ。花来の心中を察して断ってくれたのだろう。
「お前って本当、変わってるとこあるよな……まあダメ元で言ったんだけどよ」
「先輩こそお分かりじゃないですのって! お遊びなら今まで通り二人か三人でですよー! いつだってりっこを最優先いたしますが!」
(……かがんらしい…………)
 二人の会話を眺めていると、そんな感想が花来の中に思い浮かぶ。常に花来のことを最優先してくれる兼丸のその台詞には納得させるものを感じさせてくれる。
「まあ分かったよ……ったく、八草さんはこいつといて不満なことないか? 変な奴だけどこいつに彼女できたのは嬉しくてね。落米を宜しく頼みます」
「…はい……不満はないです……ありがとうございます……」
 不満はできたとしてもその都度兼丸が完璧なケアを施してくれる。ゆえに花来に兼丸へ対する不満はなかった。
「りっことの関係は超絶好調ですのでご心配には及びませんよー! 俺ら最高に相性いいので! なー!」
「……」
 兼丸にそんな嬉しい同意を求められ、気持ちは高鳴り続ける。最高に相性がいいというその言葉は、まるで素敵な贈り物のように花来の心中を格段に喜ばせてくれる台詞だった。そんな兼丸に応えるように「…うん」と小さく言葉を返せば、目の前でそれを見ていた永原が「お似合いじゃねえか」と呆れつつ口元を緩め、二人の関係性を肯定してくれる。
「じゃあお二人さんの馴れ初めでも聞かせていただこうか。行きたいカフェとかある?」
「おおーっ! 勿論お話しますとも!! りっことの馴れ初めはそれはもう最高ですよって。カフェはあそこがいいでっす! りっこ当たってる?」
 そう言って兼丸はすぐに花来へ視線を向け、とあるカフェの方角へ指を差す。
「……うん、好きなお店です……」
「あー……なるほどな。お前、彼女の思考まで丸わかりなのかよ、すげえな」
「当然怠りませんよー! りっこのことなら尚更ですよって。分析力も毎日絶好調でっす!」
 どうやら永原は、兼丸が花来の気持ちを今分析した事をこの状況で察したようだ。この永原の言い方からすると、兼丸は永原にも分析をよくしていたのだと考えられる。すると永原は花来に視線を向けてこんな言葉を発してくる。
「落米にはよく分析されてさ、的外れな事言わないもんだからそん時からこいつには一目置いてるんだ」
「…私も最初はびっくりしました」
「うーむ。彼女と友達が会話をしているの、最高に嬉しいですねー。なんと微笑ましい! 感激でっす!!!」
 花来と永原のやりとりを目にした兼丸はそんな可愛らしい事を口にして「せっかくなので椅子に座りながら話しましょー!」とカフェへと誘導するように歩き始める。
 そうしてそのまま三人は小さなカフェへとしばらくの間滞在し、有意義な時間を送るのだった。それ以降、三人での交流は不定期に行われるのだとか。

エピソード集

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