後日談。信清が卵を片手で割る姿に稟湖がキュンとする話。読了目安およそ4分
料理イベント
「ねえ信清。貴方の作るスクランブルエッグを私に教えて欲しいの」
それは、信清と交際を始めて三年が経過した頃。ここ最近稟湖は信清の作るスクランブルエッグに熱を浮かされていた。その為思い切って彼に作り方を教わろうとそう思ったのだ。執事でありながら恋人でもある信清は優しく微笑みながら二つ返事で了承し、休日に教えてくれる事を約束してくれていた。
そしてあっという間に休日を迎え、今日はいよいよ信清から料理を教わる日だ。正直、大好きな恋人に料理を教えてもらえるという状況にドキドキが止まらない。これまで信清には勉強を教わった事があったが、彼の教え方はあまりにも優しくて心地よいのだ。それが主人であるから気を遣ってくれていると言うのも勿論あるのだろうが、それでも稟湖はその優しさが嬉しかった。
「それでは稟湖様。早速始めましょう」
寿慶門の大きな厨房を借りて今この時間だけは信清と二人きりだ。数時間二人きりで使いたい旨を従者に話し、彼らの業務に支障のない時間帯を見計らって厨房を借りている。
「ええ、お願いね。貴方の教え通りに上手くできると嬉しいわ」
「お任せ下さい。最後までしっかりサポートさせていただきます」
稟湖の言葉に、そんな頼もしくも嬉しい言葉を掛けてくれる。もうこの一言だけで気持ちの高揚感は収まりそうにないのだが、まだ料理すら始まっていないのだからと稟湖は自身を諌め、料理に集中するべく頭を切り替えていた。さあ、いよいよ信清の料理教室が始まる。
「それではまず、卵を割りましょう」
そう口にして、信清は予め用意された卵を両手で割り始めた。褐色の肌をした信清の手によって新鮮な生卵がボウルに落とされる。その様子を見ていた稟湖は、そこである情景を頭に浮かばせていた。浮かんでしまっては、それを見たくて堪らない。我儘だと思いながらも、稟湖は顔を赤らめ彼が二個目の卵を割る前にひとつお願いをしていた。
「ねえ信清、貴方は卵を片手で割ることが出来るって聞いたわ。是非見てみたいのだけれど、見せてくださらないかしら?」
緊張した思いでそんな要望を口に出してみれば、信清は少々驚きながらも「はい、勿論お見せいたします」と笑みを向けてくる。そうして彼はもう一つの卵を片手で器用に割り、先ほどのボウルに落とし込んだ。
(卵って本当に片手で割れるのね……かっこいいわ)
信清が卵を割る姿は迷いが一切なく洗練されたものだった。それが稟湖の乙女心をギュンと鷲掴みにし、自身の胸は激しく高鳴り始めていた。脳内で信清が片手で卵を割る様子が延々とリピート再生され、その格好良さに頭の中がとろけそうになる。しかし稟湖はせっかく料理を教わるのだからとなんとか平常心を保ち、信清に賛美の言葉を掛けていた。
「お褒めに預かり光栄でございます。あまりお見せするようなものではありませんが、稟湖様に喜んでいただけたのなら何よりです」
「普段はそうかもしれないけれど、|私《わたくし》の前ではこれからも見せてほしいわ。だってとてもかっこいいもの」
稟湖は気恥ずかしい思いを抱きながらもついそんな言葉を送る。すると信清も僅かに顔を赤らめ「有難うございます」と言葉を返してくる。そうしてそっとこちらに近付いた彼は稟湖の額にキスを落としてきた。
「!!!?」
信清は、優しくこちらを見つめてくる。微笑みかけてくる。しかしそんな信清の頬も赤みがあり、彼もこの状況に照れてしまっている事が見て取れていた。なんて可愛らしい恋人なのだろう。
「信清、私も貴方にお返しがしたいわ」
稟湖はそう言って信清の頬にキスをした。一瞬だけ唇が頬に当たる短いものだ。自分からしておきながら、稟湖の顔も先ほどより更に真っ赤になってしまっている。
(お料理中に何をしているのかしら、私ったら……)
そんな事を思いながらもだが自身の口角は分かりやすい程に上がっており、自分がこの状況を喜んでいる事はもはや誰が見ても分かるものだった。稟湖は照れた自身の顔を隠さずに「それじゃあ私も卵を割るわ」と言いながら用意されたままの卵を手に取り、ボウルに入れ込む。と、その時。信清は耳元でこんな言葉を囁いてきたのだ。
「後ほど、続きをしたいです」
「……っ!!!!!」
もう稟湖の顔は真っ赤だった。既に赤らんでいた顔の色は今の一言で更に真っ赤っかに染まり、稟湖の心臓はドクドクと激しく騒がしくなっていた。
そうして無事にスクランブルエッグを作り終えた二人は、それはもう甘い時間を過ごすのだとか。
