バッド君と私

小説

第一話『私とバッド君』

 友達が出来ない――――。

 とてつもなく致命的だ。学校生活において、友達は必要不可欠な存在であり、少なくとも森村みる香にとっては重大な存在だった。ぼっち飯は勿論寂しいし、通常なら短く感じられる十分休憩でさえも長く感じられる程には辛い。移動教室などもう地獄である。一人で歩いているところを見られるのはみる香にとって恥ずかしかった。また、移動する時にどのタイミングで移動するべきか判断を怠らないようにするのも中々に困難であった。狭い階段を歩くみる香の前をクラスの中心ともいえるグループが談笑しながら歩いていたら苦痛で仕方がない。追い抜かしたくとも追い抜かせず、ノロノロと歩くグループの後ろを歩き続けるのはもう散々だ。
(はあ……)
 みる香には昔から友達を作る才能がなかった。友達作りに才能など無関係だと思うかもしれない。だが、才能がないと言ってしまえる程にみる香の交友関係は皆無だ。小学校での友達は一人もいなかった。ただ都合の良い時だけ数合わせとして遊びに誘われたことしか記憶にない。中学の時も友達は出来ず、空気のような存在として三年間を過ごした。自分で思うのも何であるが、本当に哀れである。イジメに合った事が無いことだけは幸いであった。
 しかし、みる香はどうしても友達が欲しかった。ただ普通の女の子として楽しい青春生活を送りたいのだ。そう願ってはいても、今現在高校生になったみる香に友達はまだ一人もいない。明日から新学期が始まりみる香は高校二年生になる。今年こそは友達を作ろうとみる香は気合を入れて翌日の準備を始めた。

 早朝の五時に目を覚ましたみる香はアラーム音と共にベッドから飛び起きると急いで身支度を済ませる。髪の毛は清潔感を失わないように櫛でとかしてから寝癖をコテアイロンで直していく。元々くせっ毛の外ハネを良い感じに整えた後に、仕上げで深紅色のスカーフを頭部にそっと巻き付け、後頭部でリボン状に結べば新学期スタイルは完成である。
「友達作るぞっ!!」
 みる香は鏡に映った自分に言い聞かせるようにそう口に出すと自身の両頬をバチンと叩きつけて気合を入れる。母にご飯が出来たと声を掛けられそのまま朝食をしっかり胃の中へ入れるとみる香は学校へと向かった。

 クラス表を確認し、みる香はため息を吐いた。クラスに苦手な子がいるからだ。クラスの中心的存在の彼女は何故か一年生の時からみる香に好意的ではない視線を向けてくる子だった。彼女に何かをした覚えはないのだが、やはりいい気はしない。ゆえに、出来ればクラスは別が良かったのだがそんなことは考えてもどうしようもないことである。みる香は本来の目的に気持ちを切り替えると新しいクラス、『2ーC』へと足を運んでいく。しかし教室に入ってみる香は確信する。友達は出来ないと。

――――――既にクラス中で新たなグループが次々と生まれていたからだ。

 放課後になり、みる香は泣きそうになる目を必死で抑えようと思わず唇を噛み締める。楽しそうに笑う声が教室中に響き渡っているが、みる香は蚊帳の外である。楽しいはずもない。みる香は今日一日の出来事を振り返る。長年の経験から受け身の姿勢はやめ、自ら行動しようと動くつもりだった。しかしそんな気持ちにはなれど、みる香の心は不安で満たされ、今日一日誰にも話しかけることは叶わなかった。勿論、みる香に好意的に話し掛けてくれる人間もいなかった。情けない話である。
(私って一生友達出来ないんじゃ……?)
 みる香は次第に視界がぼやけるのを感じて急いで教室を出て行った。このままあの場に居座れば一人で鼻水を啜るハメになるからだ。みる香は人気の少ない旧校舎の廊下まで歩くとそのまま抑えていた涙を流す。とてつもなく虚しかった。
「ごめんね、ちょっといい?」
 みる香は頭を俯かせたまま目をしばたたかせる。視線の先にはみる香に向き合う形で立つ男の足がある。この状況から今の声は明らかにみる香に向けられていた。すぐに顔を上げると自身よりも遥かに身長の高い男と目が合った。どこかで見たような見ていないような、そんな男だった。
「あー、ごめんね。タイミング見誤ったかも」
 みる香の顔を見て申し訳なさそうな顔をしたその男はズボンのポケットからハンカチを出してこちらに渡してきた。みる香はそんな親切さに驚きながらもハンカチを受け取り自身の涙を拭う。鼻水を啜りながら暫くの沈黙が続く。不思議な気分であった。この男は一体なぜみる香に声を掛けたのだろう。
(出来れば同性の友達が欲しいんだけど……)
 そんな我儘で贅沢な気持ちを頭に浮かばせながらも男の親切心を有難く受け取る。暫くしてみる香の涙が引っ込んでくると男は再び口を開き出した。
「落ち着いたみたいだね、じゃあ本題に入ろうかな」
「本題……?」
 そこで初めてみる香は言葉を口に出した。そして疑問の声を口にしてすぐにみる香は男にハンカチを返す。ありがとうとお礼を言うと男は屈託のない笑みでどういたしましてと返答してきた。そんな彼の表情を見て、爽やかな男だとみる香は思った。
「単刀直入に言うけど君、友達いないよね?」

(うっ……)
 その率直な質問はみる香には大きな傷を抉られるような感覚であった。力無く頷くと男はそのまま言葉を続ける。
「うん、それなら問題ないかな」
「?」
 先程からこの男は何を思ってみる香に接しているのだろうか。みる香には見当もつかなかった。そのまま男の次の言葉を待っていると男はとんでもないことを突然カミングアウトしてきた。
「ここだけの話、俺、天使なんだ」
「えっ??」
「天使。現実味のない話だろうけど事実だよ。これ羽、見えるでしょ?」
 そう言って男は背中から見える翼のような何かを指差している。それは先程までは彼の背中に絶対になかった。しかしみる香は頭の思考が追いつかない。確かに彼の背中には羽とも翼とも言えるような何かが見えるが、天使なんてファンタジーの世界にしか存在しない筈だ。みる香は困惑したまま男の顔を見る事しか出来なかった。
 すると男はまるでその反応を予想していたかのような顔であははと笑い出すと、羽のような何かがスウッと消えていく。その現象に更にみる香の目は点になる。
「まあ信じられないよね、だけど今のは間違いなく本物の羽で、俺は自由にこれを出したり消せたりできるんだよ」
「ほんとに……てんし?」
 何度もそう聞くみる香だったが、男は機嫌を損ねることもなくそうだよと笑って頷く。
「ちなみに今、結界を張ってるから俺と君の会話は誰にも聞こえないよ」
 そしてまたファンタジーのような言葉を言ってくる。突然すぎる出来事にみる香は何が現実で何が夢なのか分からなくなってきた。
「あはは、大丈夫。これちゃんと現実だから」
「!? なんで私の思ったこと分かるの!?」
 自身の心をそのまま読まれた感覚になり、一歩後退りをすると警戒したまま男に問い掛ける。男は再び笑いながらその質問に答えた。
「お決まりの台詞だね。でも読心術は俺にはないから安心してよ。君がそう思ってそうだから言ったまでだよ」
 男は笑みを崩さず爽やかにそう話す。みる香は彼が心を読めないと分かり、その事に安堵すると再び男に疑問を投げかけた。
「ど、どうして私にそんな話を……?」
 みる香は男にそう尋ねると男はこの疑問も想定内のようですぐに答えを口にした。
 この男の話によると、どうやら彼の故郷――天界では人間界での手伝いが義務になっているようだ。手伝いというのは人間の手助けになることならばどんな事でも良いらしい。それぞれ個性や能力を持つ天使が自分の得意な分野で人間のサポートをしていくというのが天界での使命のようだ。この男もその内の一人で、これまで七人の人間をサポートしてきたのだそうだと言う。
「ちなみにサポートを続けて人間の信頼を得られれば、昇格できるんだ」
「昇格? 学年が上がるみたいな?」
「いや、違うかな。学年は義務で殆どの人が上がる事ができるけど昇格は違う。年齢とか関係なく実績次第で将来はお偉いさんになる事ができるんだよ」
 天界では義務教育というものが存在しないらしい。だから多くの天使は人間界の学校に紛れ込んでこの男のように学生のフリをするのだとか。そうする理由は人間界の教育に興味があるからだそうだ。それに、その方が人間のサポートもしやすいとある時から多くの天使が気付き、人間界の学校に紛れ込む天使は増えたらしい。どうやら天使にとって昇格はとても名誉な事のようで皆それを目標に人間のサポートに真面目に取り組むようだが、人間であるみる香にとってはその理念はよく分からない思考だった。
「あ、一応言っておくけど、俺は年齢偽ってないよ。十七歳だから」
「へえ……」
 そこは正直どうでも良かったのだが、男の話によれば年齢を偽って学生に溶け込む天使やそうでない天使と、色々な天使がいるらしい。人間に害を与える天使は絶対にいないと男は言っているが果たしてそれは本当なのだろうか。
 色々と男の話は理解してきたみる香だが、一番の疑問点は解消されていなかった。そう、何故この男がみる香に話し掛け、こんな話をしたのかということだ。
「長くなったけど、要するに君に友達ができるように俺が一年間サポートしたいなと思ってさ」
「え」
 その言葉を聞いてみる香の鼓動は急速に速まった。友達ができるかもしれない――――。それはみる香にとって願ってもない申し出だった。
「よ、よろしくお願いします!!」
 すかさずみる香は頭を下げると男に懇願した。男は笑いながら顔上げて大丈夫だよとみる香に声をかけた。
「本当に友達が欲しいんだね、ま、これからよろしくねみる香ちゃん」
「!? 私の名前……」
 名乗った覚えのないみる香は不思議そうにそう口に出すと男は爽やかな笑顔で笑い出す。
「気付いてないのも無理ないか、俺達同じクラスだよ。だから君を選んだんだ」
「そっ……」
 そうだったのか。男からすればみる香はサポート対象として事前にチェック済みだったという事だろう。しかし同性と友達になることしか頭になかったみる香は男子生徒達の名前を一切頭に入れていなかった。
「ごめん、私君の名前知らない……」
 みる香はバツが悪そうにそう言うと男は大した事ではないとでも言うかのように笑いながらこう口にする。
「問題ないよ、俺の事はバッドって呼んでよ」
「バッド……くん? それが名前なの?」
「名字が半藤(ばんどう)だから略して『バッド』。ああ、これ偽名で本名はヒミツね♡」
 天使だと名乗る男、半藤はそう言うと無邪気な笑顔でみる香に微笑みかけた。いくらあだ名とはいえ不吉ではないだろうか。それに彼は天使なのだろう、天使にバッドなんてあだ名はあまりにも似合わなすぎる。
「本当の名前は何ていうの?」
 どうせなら本名で呼ぶ方がいいだろう。みる香は率直に問い掛けるが半藤は笑ってその質問をかわしてきた。
「だからヒミツ♡ ていうか言っちゃいけない規則なんだよね。言ったら俺、降格させられちゃうんだ」
 半藤はそう言ってホント厳しくて参っちゃうよ~と首筋をさすりながら愚痴をこぼした。どうやら天使にとって本名を異種族の人間に知られる事は、いい事ではないらしい。そのため、人間界に出向く際は必ず天界の長おさである大天使から仮の名を与えられるようだ。そして降格というのは、みる香が思っている以上に天界では悪いイメージのようで、天界で降格させられた天使は数えるほどしかいないらしい。それだけ真面目に昇格を目指す天使が多いのだろう。
「俺にとって君は、あくまで昇格するための存在だし。降格しても良いって思える相手じゃないからね」
 フレンドリーな表情とは裏腹に中々直球な言葉を投げてくる半藤だが、しかしみる香もその言葉には納得していた。
(確かに私も、本名伝えたら留年するとか言われたら絶対言いたくないなあ)
 それにそこまで半藤の名前に興味はない。本人がそういうならばとみる香は半藤を『バッド君』と呼称する事にした。
「んじゃ改めて一年間よろしくね、みる香ちゃん」
「う、うん! 宜しくお願いします!!」
 こうしてみる香と半藤――バッド君の、不思議な関係が始まった。

第一話『私とバッド君』終
              

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