前日譚です。バッドがまだ最低な時の話。読了目安およそ3分
プレイボーイとターゲット
「じゃああたし達付き合ってないって事!?」
物凄い形相でそう言葉にする女子学生に半藤は爽やかな笑みを向ける。
「うんだってそうでしょ? 付き合うなんて一言も言ってないよね」
「でもキスとか……! やることやったでしょ!?」
「あはは、勘違いしないでほしいなあ〜俺は遊びなんだけど」
途端に女子学生からビンタを喰らいそうになるも半藤は手を掴みそれを防いだ。このようなつまらないいざこざで自身の肌を痛めるのはごめんである。
「最低……っ!!!」
女子学生は叩き損ねた右手を戻すとそう言葉を投げかけて走り去っていく。半藤は自身の後頭部を掻きながら小さくあくびをした。
(他を探すか〜)
そんな事を考えながら重要なことを思い出す。そうだ、今日から新学期。新しい契約者を探し出さなければならない。
(すっかり忘れてたなあ)
半藤は早朝の廊下をのんびり歩きながら自身の新たなクラスであるC組に足を踏み入れる。早朝から女子学生に呼び出されていたため未だ教室内には誰もいなかった。
(目星の子は誰かな)
そんな事を考えながら半藤は黒板に張り出された自身の席へ着席すると校門前で配られていたクラス表を手にする。今年の契約者を誰にしようかその紙で判断しようとしたのだ。
(うーん、やっぱ名簿だけじゃピンとこないよねえ)
半藤はため息をつくとそのままクラス表をカバンの中に仕舞い込んだ。当然ながら名前を見ただけではよく分からない。クラスの人物をこの目で見てから決めるのが賢明だろう。そう考えるとスマホを取り出し最近遊んでいた数人の女子学生達にレインを送り返す。
しばらくすると次々と新たなクラスメイト達が教室内に入り始め、半藤は適当にクラスの生徒達と談笑をしていた。
談笑を続けながらそれとなくクラス内を見回し、契約者候補を探し出す。やはり契約をするのなら同じクラスが良い。それは単純にサポートをしやすいからだ。ほとんどの生徒は誰かと楽しげに会話を繰り広げているが、数人は一人で自分の座席に座っている。しかし自ら一人を望んでいる生徒もいるようだ。半藤はさりげない目線でしばし観察をしていると、今自分の条件に一番ぴったりの候補者を見つけた。彼女だ。
(森村みる香ちゃんだっけ)
クラスメイトの名前はクラス表を確認してすぐに覚えていた。何かと便利だからだ。そのため彼女の名前も頭の中に入れていた。森村は自身の机に俯き気味に座りながら何やら絶望的な表情をしている。これは間違いなく知り合いがおらず孤立してそれが耐えられない様子であろう。半藤は心の中で笑みを溢す。彼女にしよう。
しかし念のためもう暫く観察を続けた。もしかしたらもっと条件の良い契約者がいるかもしれないからだ。とりあえず今日一日は様子を見て放課後までに結論を出せばそれで良いだろう。そう思いながら半藤は森村に視点を向け、しかし同時に周りの生徒にも目を向けて観察を続けていた。
放課後になり確信をする。このクラス内で一番条件が良いのはやはり森村だ。半藤は狙いを定め、早速話しかけようとするが、それと同時に森村は何を思ったのか勢いよく席を立ち、教室を出ていく。教室内には楽しげに会話をする多くの生徒で賑わっており、森村が抜けても誰一人として彼女に目を向ける事はない。やはり条件にぴったりである。だが彼女はどこへ行ったのだろう。仮契約を今日中にしておきたかった半藤は急いで森村の後を追う。しかしそこで声を掛けられた。
「半藤〜! お前もこれからファミレス行かね?」
「悪いけど今日は用事があるからパスで。また誘ってよ」
半藤は営業スマイルでそう言葉を返すとそのまま教室を出ていく。見失ったら困るなと思いながらもしかしそれは杞憂であった。森村は廊下で立ち止まっていたのだ。しかしまた彼女は急に動き出すとそのまま旧校舎の方へと向かい、誰もいない廊下で一人頭を俯かせて立ちすくんでいた。好都合である。森村の雰囲気は悲壮感で満ち溢れていたが、半藤にとってそれはどうでもよく関係がない。彼女を気遣って機会を改めるなど面倒だ。彼女の心境を案じることはせず半藤は一歩森村に近付くと声を出す。
「ごめんね、ちょっといい?」
それが恋の始まりと、知る筈もなく。