おうひめエピソード1

小説

後日談。勝旺と元音の日常。読了目安およそ6分

番犬

 寒さが増していく冬のとある昼休みの事である。
「勝旺くんそろそろ解放してもらっていいかなっ」
 廊下で愛おしの恋人――勝旺と話していた女子生徒にそんな言葉を向けながら元音は二人の間に割って入る。
「え、あ、うん……ごめんね」
(今の子勝旺くん好きだったりしないよねっ!?)
 元音の敵意のある眼差しに気圧されたのか、女子生徒はそそくさとその場を離脱していた。元音はじっとりとその女子生徒が立ち去っていく背中を見ながら、訝しげな目線を向け続ける。すると元音の頭の上にポンと、優しく大きな手が乗せられた。
「元音ちゃん妬いてんのか? 安心してくれ、委員会の事で話してただけだからよ」
「そっか、良かった! えへへ勝旺くんだいすきっ」
「俺も元音ちゃんが大好きだぞ」
「えへへっ」
 そんなやり取りを交わしながら二人で教室内に入る。勝旺との交際はとてつもなく順調だ。彼はいつも包み隠さず元音に愛情を向けてくれる。元音の重たい愛にもしっかり応えてくれ、毎日最高の笑顔を見せてくれるのだ。自慢の彼氏である。いや、王子様である。
「クドー、お前今日はちょっと残れよな!」
「おう! さっき聞いたぜ、スポーツ委員はみんな参加なんだってな」
 勝旺はスポーツ委員会に所属している。元音が勝旺を好きになった時にはすでに委員会決めは終わっていたため、同じ委員会になれていないのである。来年こそは同じ委員会になりたいものだ。
「勝旺くん、放課後に委員会の集まり?」
 元音が小首を傾げながらそう尋ねると、勝旺は元音を優しく見下ろし頭を撫でながら「そうなんだ、言うの遅くなってごめんな」と口にする。全然っと声を返すと彼はニカッと笑い、再び口を開いた。
「すぐ終わらせてくっからな! ちとデートは遅くなっちまうがどっか行こうな!」
「うんっ待ってるねっ!」
 勝旺と見つめ合いながら笑い合っていると「俺もいるからな?」と雨宮がポツリとつぶやいた。

 勝旺に近づく人間への警戒心は常に怠らない。勝旺の恋人になってからその意識は強まっている。いや、勝旺を好きになってからずっとそうなのだが、兎にも角にも元音は勝旺を好いてくる人間がいるのではないかと気が気ではないのだ。
 勝旺が男としてモテにくいことは知っている。それでもかつてのライバルの雲園のように、勝旺に惚れてしまう輩は存在するだろう。そんな時、勝旺を奪われないように動けるのは元音しかいないのだ。勝旺に悪い虫がつく事は何がなんでも阻止してみせる。彼と付き合ってから元音はそんな気持ちを強く、それはもう強く胸に抱いていた。
「いや、それにしても警戒しすぎでしょって」
「だって不安なんだもん」
 勝旺と元音が付き合っても特に校内で注目されることはないが、それでもクラスメイトには自分たちの関係を認知されており、カップルとして見られる事もある。そしてそんなクラスメイトらから元音はこう呼ばれ始めていた。『久土和の番犬』と――――。
「番犬ちゃんはこんな可愛い見た目してるけど久土和に近づく子には容赦ないからな〜」
 可菜良はそう言って愉快そうに笑い、元音の頭を撫でた。
「容赦ないどころじゃなくて無関係な子らに迷惑掛けてるレベルよ。元音、あんたもう少し自重しな」
 そう、勝旺を好きだと判明した相手だけに牙を向けるわけではなく、元音は彼に近付く女全員を対象に牙を剥き出しにする。牽制というやつだ。
「でも勝旺くんがとられちゃったら嫌だもん、しえちんだって彼氏が取られちゃったら嫌でしょ?」
「その時はその時よ」
「ええ〜やだよ、ずっと彼氏好きでいて! しえちんが勝旺くん好きになるのは絶好になっちゃうっ」
「どんな妄想したらそうなんのよ、久土和は元から対象外も対象外だから、そんな未来は有り得ないわ。ったく」
 呆れ果てた美苗はそう言って元音のおでこにビンタを繰り出した。元音の行き過ぎた妄想に本気で怒らない美苗はやはり優しい。まあ彼女がライバルになるのなら絶好関係になるというのは本心だが、そんな未来は彼女の言う通り来ないのだろう。
「あはは、元音はほんと妄想女子だな〜っまあでも、久土和が元音の行きすぎた警戒心を嫌がってないし、それならいいんじゃない」
「可菜はほんっと元音の否定しないよな……」
「美苗がバランス保ってくれてるじゃん! ねっ元音」
「ふふ、それはそう!」
「全く、二人とも自分勝手だわ」
 そう言って頭に手を当てため息をつく美苗だが、彼女もこの状況が面白いのか、僅かに口元を緩めているのが分かる。元音はそれを指摘すると美苗はまあねとそれを認めながら三人で談笑を続けるのだった。

「勝旺くんはわたしの彼氏だからっ」
 帰り際、勝旺に何かを手渡した女子生徒にすかさず元音が立ちはだかると、女子生徒は驚いた様子で「えっと、委員会の書類、渡しただけだから……」と声にしてそそくさと帰っていく。立ち去る直前に勝旺が「プリントサンキュな!」とお礼を告げる姿を見つめながら元音は勝旺の腕に自身の腕を絡めた。
「勝旺くん……邪魔しちゃって御免なさい」
 元音にも罪悪感はある。先程の女子生徒に対してではない。勝旺に対してだ。彼にとって有益な情報を元音の行動で阻害してしまっていたらどうしようという感情は流石の元音にもあった。
「元音ちゃん、妬いちまったのか? 可愛いから謝る必要はねえよ! な?」
 そう言って元音の頬を両手で掴む勝旺はもうとっても頼もしく素敵だ。見つめあってすぐにキスを交わすと、そのまま手を繋いで楽しいデートをする。
「ねえわたし、すっごく重いと思うんだけど、ほんとに嫌じゃない?」
 勝旺と正式にお付き合いをする事で元音の依存度は上がっている。勝旺の生活に支障が出ないようにとは思っているが、それでも毎日の連絡は当たり前のように行なっており、彼の事を束縛しているような感覚は持っていた。しかし勝旺は元音の問いかけに全く間を置かずにこう答える。
「ああ、全然平気だ。てかな、元音ちゃんのする事なら俺どんなことでも喜ぶ自信あるんだよな」
「えっほんと!!?」
 勝旺と付き合って一ヶ月もしない内に、元音は彼に問いかけた事がある。自分はこれからもっと重い女になっていくだろうと。もし限度が過ぎたらきちんと注意してほしいと、そう口にしていたのだ。勝旺に振られるくらいなら、どんな事をしてでも直したいのだとそう告げた元音に勝旺はこう返してくれたのだ。
『いや、そう思う事はこの先もねえぜ』
 言い切った勝旺の言葉は心底嬉しかったのだが、それでもそう断言できる勝旺の心情は理解できていなかった。だからこそ、今改めてこんな台詞を言われたことが堪らなく嬉しい。
「ああ、本当だ。元音ちゃんの行動が全部可愛くてよ、ちと怒ってる元音ちゃんも俺は好きだ」
「えへへっ勝旺くんったら……! じゃあこれからも今のままでいい? 番犬続けちゃうよ?」
「ははっ勿論続けてくれ! 女子と話す機会はゼロにはできねえけど俺もなるたけ減らせるようするからな」
「えっいいのに……っえへ、嬉しい! ありがとう!」
「にしても元音ちゃん、俺は元音ちゃんを番犬と思ったことは一度もなくてな。そう言ってる奴見かけたら止めるように言っておくな」
「えへへっ……ありがとうっ」
 勝旺の男らしい発言で口元が緩んでいると彼はこちらに視線を通わせ、ふわりと元音の頬を触ってくる。ゴツくて大きな手が顔に触れ、落雷のような速さでドキドキが発生した元音は生唾を飲み込みながら彼からの次の言葉を待った。
「俺の彼女になってくれた可愛い元音ちゃんを大事にするのは当然だ。大好きだ、元音ちゃん」
(わ、キャーーーーーーーーーーーーっッっ!!!!!)
 勝旺のパーフェクトもパーフェクトなその発言に元音の心は強いときめきを覚える。そうして堪らなくなった元音は勝旺の体に抱きつき、精一杯の抱擁を数秒間続け、通り掛かった教師に校内でいちゃつくなという注意をされるまで彼の大きな胸元に顔を押し付けるのであった――。

エピソード集

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