わたカラエピソード1

小説

番外編。兼丸が中1の頃の話。読了目安およそ5分

中一男子の会合

「付き合いたい女、可愛いと思う女、好きな女、隠し事はなしだぞ? 全部同じ女子でもオッケー! じゃんけんで時計回りな!」
 秋の勉強合宿の夜、そう口に出し五人用のホテル部屋に集まった十五人はジャンケンを始める。「うわー負けたー」と残念そうに頭を抑える一人の男子中学生はそう言ってから顔を赤らめ、一人二人と名前を挙げ始めた。
「やっぱりマドンナの堀口が好きだと思う。付き合いたい女も堀口だな……でも一番可愛いと思うのはあの六組の原かなー」
「次はオレか。オレはやっぱり飯仲と付き合いてー。可愛いと思うのは木森だなー。んで、好きな女は安藤」
「俺はな! 付き合いたいのも可愛いのも好きなのも全員村湯だわ!!」
 盛り上がり始めた男子が次々と己の気持ちを曝け出す秘密の会は、真夜中だと言うにも関わらず一向に収まる気配を見せないものとなっていた。
「じゃあ次は落米! お前の三人を暴露しろ〜!」
「おおーきましたか!」
 司会役となっている一人の男子生徒にそう言われ、落米兼丸は敬礼のポーズを見せながらへらへらと笑って声を続ける。
「うむ、ぶっちゃけ俺が思うお方は渡辺サンですねー! いやー可愛いのなんのって! 可愛いですよねー。可愛いと思いますし付き合いたいとも思います! うむ、好きだと思いますよー」
 なんて、本音とは程遠い言葉を兼丸は口にする。しかしそれを知るはずもない兼丸の回答に周りの同級生達は「おおーっ」と声を揃えて発し「落米見る目あるなー!」なんてセリフを口に出してくる。
「でもよー渡辺ってお前の事結構嫌ってたよな? この間の席替えで隣の席になった時、あいつすげー嫌な顔してたぞ」
「そうなんですよねー嫌われちゃってるんだよなー!」
「だよなーってそれでいいのかよ! おもしれーな!」
 そんな会話が交わされ、場は盛り上がる。渡辺に嫌われているのは重々承知だ。だからこそ、彼女の名を挙げたのだから。
 好きな人はいる。だがその相手とどうにかなりたいなど思った事はない。遠くから眺め、彼女の幸せな姿を見届けられればそれでいいのだ。付き合いたいとは思わないし、そう思わない相手の名前を第三者に知らせることは兼丸の中で有り得ない事だった。この思いは内にだけ秘めて、幸せを見届けた後に手放すものだ。
「んじゃ次は金林な!」
「俺は蒴裏が好き……付き合いたいのも、可愛いのも全部あいつかな」
 兼丸の真横にいた金林はそう言って顔を赤くする。それを兼丸は横目で確認し、心中で大きく拍手を送っていた。
(おおー!!! 何という展開……!! 両思いじゃないですのって!! 良かったなー!!!)
 金林が名を上げた蒴裏さくうら子柚すゆは何を隠そう兼丸の好きな女の子である。彼女は一年一組の女の子であり、七組である兼丸とは全く縁の無い存在だ。そんな兼丸が彼女を知ったのは今年の春だった。廊下で彼女を何度も見掛け、楽しそうに話している笑顔と話し方と、友人への思いやりのある態度を見て夏に入る頃には蒴裏の事が好きになっていた。
 好きになってから兼丸は毎日彼女の事を考えている。蒴裏と話したことはないし、彼女がこちらを認知している事もない。接点など皆無に等しいからだ。知り合うはずもないのである。だがそれを兼丸は悲しいとは思わない。接点を作ろうとも思わない。これが兼丸の恋愛観なのである。想い人に認知される事を願わずただ彼女の幸せを願い続けるだけの存在が自身の望みだ。
 そしてそんな自分は、嬉しいことに彼女に好きな人がいる事を知っていた。嬉しいというのは何も強がりなどでは決してない。本当に嬉しいのだ。蒴裏に想い人がいるなら応援しない手はない。彼女がその意中の相手とお付き合いなど出来るのならば、兼丸は本心から両手をあげて喜べる自信がある。そう、彼女が幸せになれるからだ。
 蒴裏の想い人は兼丸と同じクラスの金林だ。この真隣にいる彼こそが彼女の意中の相手なのである。それを知っていたから、兼丸はわざとこの会合に参加していた。誘われてもいない自分がこの場にいるのは、自ら参加したいと声を掛けたからだ。その理由は金林の本心を直接確かめたかったからだ。
(本当におめでたいなー! 告白はどちらからになりますでしょうなーうむ、最高すぎますよって)
 兼丸は顎に手を当てながら心の中で何度も頷いて見せる。蒴裏の好きな人は金林。そして金林の好きな人も蒴裏である。これはもう、いつ二人がくっついてもおかしくないだろう。
(蒴裏チャン、良かったなー! 両思いの瞬間、見れるといいなー)
 大好きな女の子の名前を心の中で呼び、兼丸はそんな事を考え始める。二人がくっつくのはもはや時間の問題だろう。すれ違いそうな場合は、こちらで遠くからサポートをする予定だが、特に兼丸が何もせずとも二人はきっと近い将来恋人関係になる。そう分析できた兼丸は嬉しい思いを強く実感しながら二人の幸せに思いを馳せていた。
「じゃあ最後は梨井な!」
 そんな事を考えている間に秘密の会は終盤に差し掛かり始めていた。
「俺は付き合いたいのは秋瀬。んで好きな女は北。可愛いと思う女はえーと、森草? えーと待て、名前ど忘れした」
「森草なんていねーだろ、誰だよ」
「あ! そいつ誰か分かったかも! 俺も名前忘れたけど超可愛い女子だよな! フワッフワの髪でさー! でもなんかあんまいい印象ねえから、可愛いのに勿体ねえよなってクラスで前に話してたぜ」
「ああ、そういやいたな〜顔はいいけど付き合うとなったらめんどそうだし好きにもなれねえって奴な。顔だけはいいんだけどなあ」
「二組だっけ? 接点ねえけど俺も顔は好みだった」
 結局この場にいる七組の男子らは誰もその女子の名前を思い出すことは出来ず、そのまま彼らの会合は無事に終了していた。話が終わった時間は深夜の三時を回っており、皆慌ててそれぞれの部屋に戻り出し一気に部屋は静かになる。兼丸も自分の部屋に足を運びながら、いまだに高揚した思いで布団に入ると、蒴裏の顔を思い浮かべながら瞼を閉じ、喜びに溢れた心で翌日を迎えるのであった。
 だが、そんな喜びに溢れた今の兼丸は数年後、この時の自分とは比にならないほどの幸せを手に入れている事を想像もしない。その時の自分がどれほどの幸福を実感することになるのか、どんなに分析力に長けている兼丸でも現時点では思いも寄らないだろう。そう、未来を予知する事など出来ないのだから。
 想い人が自分以外の誰かと結ばれる事を何よりの幸せだと信じて疑わない今の兼丸が、運命の相手に出会うその恋はそう遠くはない。この恋は、兼丸が愛に目覚める最初で最後のものであり、他でもない自分がその子と時間を共に過ごしたいとそう心から願えるほどの――美しい物語を生み出す。
 二人の交差は、あと少し。

エピソード集

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