へらへらと笑う男の子は私が好きな人で半分カラス

小説

第一話『友達の申し出』

* * *

 教室を出る。騒がしい廊下を通り抜けながら男は一人、足を進めていた。

 続いて捜索を始める。目的の人物の居所を思考しながら男はとある場所へ向かってみた。そうしてその場所に一人の女の子の姿を見つける。

 人気のない裏庭には一人の女の子と、男だけがいる。彼女は男の存在に気付いた様子を見せず、立ち通しでスマホの操作をしていた。そんな彼女を離れた場所から見つめながら男は口を開く。

 男はこれらが初めての行いにも関わらず、続けて二回目の声を発した。こちらを振り返った彼女はまるで怪しげなものを見るような、複雑そうな瞳でこちらを見返してくる。しかしこれは想定した通りの光景だ。

 不審そうな目で見つめ返す彼女を前に、男はただただ友好的に言葉を繰り出していた――。

* * *

は 四月の下旬。まだ一ヶ月も通っていない新しい環境の学校生活に、嫌気がさしている。約二週間前から八草はちくさ花来りっこは友人らにハブにされてしまったからだ。一人ぼっちになって二週間、一人で行動する学校生活に楽しさはない。

 新学期早々、こちらに話し掛けてきてくれた人物――村湯むらゆ露歩ろほはお洒落で誰とでも打ち解けられる眩しい女の子だった。花来をその子のグループに入れてくれた時は本当に嬉しかったものだ。

 花来を入れた五人グループで行動した時間は約二週間。そして花来がハブられてからも約二週間が経過している。

 ハブにされた日は週明けの月曜日だった。まずレインのグループを強制的に退会させられていた。驚いた花来は個別で露歩にレインを送るも、既読無視をされており、不安な気持ちのまま学校へ向かい彼女らへグループの退会について言及すると、視線だけをこちらに向けた露歩にこう言われてしまったのだ。

『今日からあんた、うちらのグループじゃないから。話し掛けたりついてきたりしないでよね。バイバイー』

 思い出すだけで涙が出そうになる。もう何度この言葉でこっそり泣いたのか思い出せない程だ。露歩のグループから除外された花来と話をしてくれるクラスメイトは誰一人としていなかった。直接的に暴言を吐かれたり、机の上に落書きをされたり物を盗まれたりと、決してイジメのような類を受けているわけではない。ただ完全に誰からも相手にされない存在となってしまった花来は既に教室に入るのが本当に辛くなってしまっていた。

 中学一年、二年の時に共に行動していた友人らと話をするという選択肢は花来にはない。それは、どちらの学年でも休日に遊びに行くほど仲の良い友人はいなかったからだ。つまり、花来は友人との付き合いが不得手なのである。特に喧嘩をしたり、揉め事に発展する事はないものの、心から信頼し合える友人という存在はこの学校に一人もいなかった。

 唯一花来が全面的に信頼できる友人は、幼馴染の東津ひがしつ由咲ゆさきのみだ。しかし彼女は花来の一つ年下であると同時に学校も別である為、学校内での生活において花来の疎外感は消えないのである。ハブにされた日から、由咲には相談をして親身に話を聞いてもらってはいるものの、やはり唯一の友人と学校が違う為花来の不安は拭えないままだった。

『りこっち、大丈夫? もう二週間だしそろそろお父さんに相談した方がいいよ? 私から話そうか?』

 自宅を出る直前に届いた由咲からのレインに涙が出そうになる。父に相談したい気持ちはないと言えば嘘になるが、心配をかけたくないというのが本音だ。

『ありがとう! でもお父さんには話さないでほしい。大丈夫、限界きたらちゃんと話すから』

 花来はそう返信を送ると、そのまま肘のあたりに垂れ下がった鞄を肩に戻し玄関のドアノブを握る。すると背後から「一緒に行くか」と低い声が聞こえてきた。

「お兄ちゃん、いつもより遅いね……」

「ああ、最近は早く行ってたんだよ。今日からこの時間」

 高校三年生の兄――八草人三暑りぞなつは由咲と同様、花来が信頼している数少ない人物である。しかしまだ兄には何も相談できていなかった。父よりも遥かに相談しやすい兄にそろそろ言うべきだと思うものの、花来は己の負の心を人に話すことが極端に苦手であった。

 不満や不安はいつも心の中で溜めてしまう悪い癖が幼い頃から続いている。よくないと分かってはいながらもどうしても相手に自分の不安を曝け出すのは怖かった。由咲に今回話せたことも、花来の覇気のなさに気付いた由咲が汲み取ってくれたからなのである。今まで人三暑に相談できていたのも、由咲同様、兄の方で気付いてくれていたからだった。

 そのため人三暑にも容易に相談する事は出来ない。こんな自分が嫌だと何度も思ってきた花来だが、直せないものはどうしようもなかった。

「じゃあ一緒に行こう……」

「おう、弁当持ったか?」

「あっ…忘れてた」

 花来が慌てて靴を脱ごうとするとそんな花来を見た人三暑は小さく笑い、代わりに弁当をリビングから持ってきてくれる。面倒見の良い兄は毎朝父と花来の弁当を作ってくれていた。

 幼い頃から母が不在のこの家では、三人で家事を分担しており、その大半を人三暑が担ってくれているのだ。人三暑は、文句を言うこともなく毎日のように花来の世話もしてくれている。成績も良く、スポーツもできる兄は学校でも友人が多くいるらしい。自宅でも学校でもしっかりしている兄は、尊敬に値する人だと毎日のように思う。

 そのまま人三暑と最寄りの駅まで一緒に歩き、雑談をしながら学校へ向かっていた。途中で乗り換えのある兄と別れると、刻一刻と電車が学校へ近付いていることを意識し、嫌な気持ちが芽生えてくる。

(学校、やだな……)

 いじめられているわけではない。それに比べれば自分の状況なんて大したことはない。分かっているのだ。それでも、教室に入り誰からも目を向けられず空気のように過ごす時間はとても、とても耐えきれない時間だった。

 気の許せる友人ができなくてもいい。休日に遊ばなくても、レインのやり取りを行う仲になれなくたっていい。だからどうか、一人だけでも学校で話が出来る友人ができないだろうか。

 昼休みも心が穏やかになれる事はない。兄に作ってもらった弁当を一人屋上で食べ、スマホを見つめる。露歩に退会させられたグループレインはいまだに見返す事が出来る。

 そのトーク履歴に残っている最後に遊んだプリクラを見返しながら、花来は涙をこぼしていた。食事は喉を通らず、負の感情以外に考えられる事が何もなかった。

 露歩とは喧嘩もしていなければ揉め事だって起きてはいない。露歩にとって何か癪に障ることでもしたのかもしれない。理由を聞くことはとても出来なかった為、なぜ突然ハブにされたのかは謎のままだ。

 ひどく長く感じられた学校が終わり、花来は素早く席を立つ。そうして鞄を持ちながら裏庭へ足を運んでいた。本当なら早く自宅に帰ってしまいたいところなのだが、部活動に所属していない露歩グループは、教室で喋った後に電車に向かうことが多かった。ならば素早く教室を出て電車に向かえば出会う確率はないと思うところだが、その行動で二度会ってしまった経験がある。それ以降は素早く帰る選択肢は花来の中で除外していた。彼女らと何がなんでも鉢合わせしたくないからだ。

 その為、花来は放課後になると彼女らが絶対に訪れないであろう裏庭に足を運び、時間を潰すのだ。露歩は虫の類に強烈な嫌悪感を持っているため、彼女らが裏庭に来る事は絶対にないと確信しての動きだった。

(SNS見よ……)

 やる事などないのだが、時間潰しにスマホを見つめる。露歩たちが校内にいる時間は長くて二十分と言うところだろう。なので三十分後くらいに学校を出れば、きっと彼女らと電車で会う事はない。それまではここで一人、時間を過ごすつもりだ。

「もしもしお嬢さん」

 変な言葉を向けられるこの時まではそう思っていた――。

「!?」

 驚いた花来は反射的に声のした方角へ振り返る。するとそこには同じ中学の制服を身に付けた一人の男の子が立っていた。距離は少し離れている。

「……」

 話した事はない。そもそも顔に見覚えもない。同じクラスの人物でないことだけは確かだ。黒いキャップを被った生徒など、クラス内にはいないのである。花来は不審な目で彼を見返していると、返答のない花来を前に彼は再び口を開いた。

「こんちはー! 俺一組の兼丸かがん! よろしくなー!」

 今の自分の気持ちとはあまりにも対照的な雰囲気を見せた彼はそう言ってニカリと笑う。

「……えっと」

「あ、ごめんな? 急すぎだよな! 怪しい奴じゃないよー! 君はりっこだろ? 名前可愛いなー!」

(な、何……!?)

 口に出すより先に心中で思考を始める。彼の言動はあまりにも不自然なフレンドリーさを持っており、急だと言いながら可愛いなどと恥ずかしげもなく言い出す謎の姿勢に驚く。

 そして何故こちらの名前を知っているのかも疑問だ。更に下の名前をいきなり呼んでくるなど、花来の常識では考えられない事だった。笑顔でありながらもどこか怪しいへらへらとした笑みでこちらに声を掛ける男の子を花来は怪しげに見返し続ける。

 だがしかし、訝しげな視線を向けるだけで花来は不満を伝える事は出来ない。可笑しな男だと分かっているのに、ふざけたような話し方をする目の前の男の子から逃げることも出来そうになかった。そんな事を思っていた矢先、男の子は楽しそうに片手を上げながらこのような事を言ってくる。

「何を隠そう君と仲良くなりたくて話し掛けました! クラスは違うけど俺と友達にならない?」

(……えっ!?)

 予想外の言葉に花来は頭が真っ白になった。

「休み時間の暇つぶし相手になるし、昼休みの弁当友達としても大歓迎! 上辺だけの友達だってどんとこいよ! いつでもどこでも俺を利用してくれていいよー! 今からフルセットでお友達になれますぜ! お得だよー」

(何、この人……)

 陽気なオーラを放ちながら、彼の言動には不可思議な点が多すぎる。このような言葉を初対面で口にするこの男の子に花来は不信感を抱かずにはいられなかった。今まで少し癖のある人間と関わった事はあっても、こんなにも頭のおかしそうな人間と接した事はなかったのだ。そんな事を思っていると男の子は人差し指を上に向けながら「勿論強要はしないけどな!」と明るい口調で付け足してくる。

「りっこ、今一人ぼっちだろ? 俺と一緒に最高の友達になっちゃわない?」

(友達……)

 不信感はある。あるのだが、友達になれるという点に抗いきれない強い魅力があった。そのまま手を出してきた男の子の手は、身長に反して意外と大きかった。花来は半信半疑でありながらも彼の手に自身の手を伸ばす。

(怪しいけどでも……)

 正直本当に友達になれるのかはわからない。いきなり自分の下の名前を気安く呼び捨てにしてくるこの男の子にモラルのなさを感じてもいる。ニヤニヤと怪しげな笑みを見せてくる彼とこの先絆を結べるのだろうかと疑問も持っている。

 胡散臭さが拭いきれない彼の表情に信頼性のかけらもないと正直思っている。けれどそれでも、今の状況を脱却する一つの道として、彼の提案に乗りたいと思った。これが健全な理由ではない事は分かっている。

「宜しくなー! りっこ!! 教室離れてるけど休み時間会いに行くからなー!」

 男の子は花来の手を握ったまま三回ほど振り、手を離してくる。そうして彼は満足したのかそのまま裏庭を出て行ってしまった。

(友達……になったのかな?)

 花来はあっという間の出来事に目を瞬かせながらしばらく呆然とその場に立っていた。

第一話『友達の申し出』終

第二話以降はエブリスタでご覧になれます(現在連載中です)

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